52話 初めての友達?

 めずらしく四時間目がロングホームルームである。

 清明祭が近づき、会議の内容も濃くなってきた。クラスステージは出演者たちで話し合うが、クラス屋台は全員で話す。


 俺もそこに合わせて焼きそばの練習をしているので、真面目に話を聞いた。


「それじゃ最後に投票用紙を渡すぞー」


 担任がカードを配り始めた。


「清明祭のポスターをどれにするか選んでくれ」


 そうか、今日が投票の日か。

 清明祭キービジュアルコンテスト。参加作品は十二本だった。


 プリントと投票カードが回ってくる。プリントにはコンテスト参加者の描いた絵が一覧になっている。


 名前は出ていないが、五十鈴の絵が一番目だ。提出順に掲載されている。

 俺は迷いなくカードに1と書く。

 四時間目が終わると、それを担任に渡して教室を出た。


     †


「今日の六時間目もロングホームルームじゃないですか」


 東棟のベンチ。俺は今日も五十鈴の弁当をいただいていた。


「そこでもう集計結果が出るんです。ドキドキしちゃって倒れそう」

「大丈夫か? 動悸がするなら保健室に」

「すみません、この手の表現はまぎらわしいですね」

「冗談かよ」

「ごめんなさい」


 五十鈴があまりに体調を崩しまくるので、「倒れそう」は冗談に聞こえないのだ。


「緊張するのは本当ですけどね。こういう競争の場に出るのは初めてのことですから」

「手応えはあるんだろ? 全部見たけど、五十鈴のはめちゃくちゃ上手いと思ったよ」

「目立ってましたか?」

「輝いてた。俺は五十鈴が一番だって信じてる」

「ありがとうございます。先輩に好きになってもらえたのなら、それだけで描いた意味がありました」


 五十鈴はサンドイッチをかじる。横顔は暗く見えた。緊張の影響だろう。


「前、イラストのプロになるって言ってたよな。具体的にはどうするんだ?」

「出版社のイラストコンテストに参加してみようと思っています。あと、近々SNSを始める予定なので、そこに絵を上げたり」

「意味あるのか?」

「バズってイラストのお仕事が舞い込むというパターンもあるんです。コンテストより確率は低いですけど、何事も挑戦してみないと」


 五十鈴は拳を握ってみせてくれた。かわいい。


「二年生のうちなら、イラストに集中していても余裕があります。来年は現実的な進路のことに真剣にならなきゃいけないですけど」

「体を壊さない範囲でな」

「わかってます」

「お前はわかってても倒れるからなあ」

「う……いつも心配をかけてしまうのは申し訳ないと思ってます。でも、自分ではどうしようもない部分もあるので」


 俺は五十鈴の肩を軽く叩いた。


「どうにかしろって言ってるわけじゃない。理解して、支えてあげたいと思ってるよ」


 返事はなかったが、五十鈴がちょっと近づいて、俺の左腕にもたれかかってきた。


「素敵な彼氏に恵まれて、わたしは幸せです」

「そんな大げさな」

「こんな厄介な女ですよ? それを理解しようとしてくれるなんて」

「相手を理解するってのは野球で教わったんだ。ピッチャーは周りと呼吸を合わせるのが大切だから」

「野球ができなくなっても、野球は先輩の心に生きているんですね」

「また恥ずかしいこと平気で言う……」

「ポエマーみたいになってしまいました」


 えへへ、と五十鈴は恥じらうように笑った。


「そろそろ時間だな。どんな結果だろうと、帰りはコンビニで飲み物おごるから」

「いいんですか?」

「バイト代はこういう時に使うんだよ」

「……では、楽しみにしておきます」


 選ばれたら祝勝会、落選だったら残念会。どちらにしても、俺は五十鈴に笑顔でいてほしい。


     †


 ――で、決行するのは前者である。


 六時間目。最初にコンテストの結果発表があって、拍子抜けするくらいあっさりと五十鈴の一位が決まっていた。二位以下に大差をつけての勝利だったらしい。


 生徒の名前は公表されないので、俺たち二人で祝勝会だ。


 放課後の昇降口で待っていると、五十鈴が遅れてやってきた。


「生徒会でイラストの使用に関する契約を確認してきました」

「そんなものあるんだな」

「校外にも貼り出されますし、パンフレットの表紙にもなりますから」

「なるほど。けっこうしっかりしてるんだな、生徒会も」

「恭介先輩くらい真面目な方々でしたよ」

「俺を基準にするな」

「でも、お堅いくらい真面目ですからね、先輩は」


 つまり、生徒会も融通が利かなそうな奴らの集まりなのか? それは怖いな。


「あ、あの……」


 下駄箱の陰から女子生徒が出てきた。黒髪をボブカットにした、五十鈴よりちょっと背が高いくらいの人物。視線が落ち着かず、そわそわしている。


「……古野ふるのさん?」

「クラスメイトか?」

「ええ……」


 五十鈴も困惑した様子だ。そういえば五十鈴がクラスメイトの女子と話している光景は初めて見た。


「あの、コンテストで一位取ったのって、玉村さん……だよね?」


 五十鈴がピクッと反応した。


「……どうして、そう思うんです?」

「先月、ポスターっぽい紙を持ってるの見たから気になって。それでもしかしてって思って見てたら、玉村さんがさっき生徒会室に入っていったから間違いないって……」

「わたしが一位だと、まずいでしょうか」

「あっ、ううん。全然そんなことないの。ただ、私が勝手に仲間意識持ってただけだから……」

「仲間意識?」

「私も、コンテスト参加してたんだ」

「えっ? 何番ですか?」

「八番」


 俺はスクールバッグからプリントを取り出した。八番。川と橋と虹の絵。虹に架かるように、ローマ字で清明祭と入っている。下の川は犀川さいがわだろうか。


 上手いのは確かだが、地味かな――と俺は思った。どうしても五十鈴の絵との比較になってしまう。


「玉村さん、すごく絵が上手なんだね。知らなかった」

「言ったことはないので……」

「私、もっと練習しなきゃって思ったよ。あの、絵描き仲間ということで、ときどき声かけてもいいかな……?」

「か、かまいませんけど……わたし、リアクション微妙ですよ?」

「い、いいよ。私、気の合う人がいないから周りに話を合わせてるばっかりなの。絵のお話できる人がほしくて」

「そういうことでしたら、たまに」


 古野さんはパッと表情を輝かせた。


「あ、ありがとう! あの、新海先輩との邪魔しちゃいけないから、今日はもう帰るね。また相手してください!」


 手を振ると、古野さんは昇降口を走って出ていった。


「……五十鈴」

「なんですか?」

「できそうだな、友達」

「……まだわかりませんよ。わたし、先輩以外と話す時は無愛想なので」

「でも、趣味が同じなのは大きいぞ。話せるだけ話してみたらどうだ?」

「ええ、そうしてみます」


 五十鈴は、小さくなっていく古野さんの背中をじっと見つめていた。

 ネガティブなことを言うわりに、その表情は嬉しそうに思えた。


 高校初めての友達。

 できたら最高だな、五十鈴。

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