51話 五十鈴の家で料理する
「お久しぶりです」
「五十鈴と違って元気そうですね。なによりです」
週末。俺は夏休みぶりに五十鈴の家を訪ねていた。出迎えてくれたのは泉美さんだった。
「なにか、五十鈴から提案があったとか?」
「そうです。やりたいことがあって……」
泉美さんはうなずき、俺を家に上げてくれた。
「やあ恭介君。君は相変わらず元気そうだね」
修介さんも、今日は家にいた。
それにしてもこの挨拶。五十鈴がどれだけ体調を崩しているかがわかるというものだ。
「では、台所を貸してもらいたいんですが」
「こちらです」
泉美さんは俺に対しても敬語を使う。誰にでも同じなのかもしれない。
「五十鈴は?」
「もうすぐ下りてくるはずです。今日は良さそうですよ」
五十鈴は週の真ん中で早退している。その後の二日間登校してきたとはいえ心配にもなる。
俺は玉村家の台所に案内してもらった。
めちゃくちゃ広い。台所というよりキッチンと言うべき洋風の空間。壁を挟んでリビングがあり、テーブルとイスが四つ置かれている。その向こうにソファーとテレビ。
「今日はこちらを使うのですね?」
泉美さんが指さしたのはIHのクッキングヒーターではなくガスコンロ。両方あるのだ。
「火で炙りたい食材もあるでしょう。我が家は柔軟な調理に対応しています」
仕事をしているかのような話し方。根っからこういう人なんだな。
「恭介先輩、遅くなってごめんなさい」
五十鈴が入ってきた。パーカーにロングスカート。家でも絶対にスカートなのが五十鈴スタイルだ。
「少しはよくなったか?」
「ばっちりです。ご安心を」
五十鈴は得意げな顔をした。
「それではお母さん、ここからはわたしと先輩に任せてください」
「ええ。楽しみにしています」
泉美さんはキッチンを出て、リビングのテーブルに移動した。修介さんとなにか話し始める。
「先輩、よろしくお願いいたします」
「よし、やるか」
五十鈴が冷蔵庫から焼きそばを取り出した。事前に買っておいたものだ。
そう、今日は修介さんと泉美さんに俺の作った焼きそばを食べてもらおうという計画になっているのだ。
俺は早速用意を始めた。まずはキャベツを洗う。
「嫌がらずに引き受けてくださって嬉しいです」
「本番は人前で作るわけだし、このくらいできなきゃまずいと思ってな。どうだ、キャベツも迷いなく切れるようになったぞ」
「おお、包丁の使い方もいい感じ。何回も練習したんですね?」
「父さんと母さんにはそのたびに食べてもらったよ」
「じゃあ先輩のご両親はもう焼きそばに飽きていそうですね」
「たぶんな」
「またぁ?」「しょうがないなぁ」とぼやきつつも毎回品評をくれる両親であった。もう二回くらいは食べてもらうことになるだろう。
「五十鈴の両親って美食家っぽい雰囲気あるよな。焼きそばってどうなんだ」
「さりげなく焼きそばをバカにしていませんか?」
「そ、そうだな。焼きそばはみんな食べるか」
「うちの両親が食べているのは見たことないですけどね」
「カップ焼きそばも?」
「カップ麺自体食べませんから。職場で残業している時は知りませんが」
「俺ごときの腕前で満足してもらえるかな。不安になってきたぞ」
「まずは全力で作ってください。そのあとドキドキしましょう」
俺はうなずき、調理に専念した。
違うのはフライパンの大きさくらいなので、家でやっている感覚で作れた。焦がすことなく完成にこぎつける。
「よーし、できた」
「見事な手際です。さすが恭介先輩」
「手順は覚えたからな」
「右腕は大丈夫ですか? 箸でけっこうかき混ぜますが」
「無理しない範囲でやってる。もし本番で痛くなったら誰かに代わってもらうよ」
「クラスメイトにお友達はいなかったはず……」
「い、いるぞ。守屋とか」
「守屋先輩だけでは?」
「…………文化祭の雰囲気に乗せられれば、普段話せない人とも話せる、気がする」
「弱々しい声……」
「い、いいだろ友達いなくたって! ノリで突っ切るんだよ!」
「わあ、失敗しそう感がすごいです」
「くっ――絶対成功させてやる。文化祭のあとで俺の友達が急増したら謝ってもらうからな」
「おそらく、そういうことにはならないかと」
「いちいち手厳しいな!?」
「先輩のコミュ障は何度も見ているので……」
積み重なった実績。悪い意味で五十鈴の信頼を得ている。
「と、とにかく、盛りつけて持っていくぞ」
「お皿はこちらです」
五十鈴の用意してくれた皿に盛りつけた。あくまで味見だ。がっつり食べられるほどの量はない。
本番をイメージしているので、五十鈴の手は借りず、できる限り俺だけでやる。そこが重要。
三人分の皿に盛りつけが完了した。
「先輩も食べていいんですよ?」
「いいんだ。俺が玉村家に焼きそばを作るのが今日のテーマだから」
五十鈴はちょっと不満そうだが、俺は気にせず皿を二つ持った。
「できました」
修介さん、泉美さんの前に皿を置く。キャベツとタマネギだけの王道焼きそば。
「おお、焼きそばを食べるなんていつぶりだろう」
「学生時代が最後だった気がします」
「お祭りでも意外に食べないんだよねえ」
「そもそも、びんずる以外のお祭りには行きませんからね」
二人は手を合わせて「いただきます」と言った。礼儀正しい。まさに手本にすべき大人。
「うん、ちゃんとソースの味が絡んでいておいしいね」
「火もしっかり通っていますし、焦げている部分もない」
うんうん、と二人はうなずいている。
向かいに座っている俺は緊張していた。
「恭介君、料理を始めて一ヶ月くらいなんだっけ?」
「そ、そうです」
「これだけ作れれば充分だよ。清明祭でまた食べさせてもらおうかな」
お、おお。褒められた。
「ありがとうございます」
「お礼を言うのはこちらです」
言ったのは泉美さんだった。
「娘の彼氏さんにお料理を作っていただけるなんて夢のようです。おいしかったですよ。ごちそうさま」
泉美さんが微笑んだ。そのさりげない笑顔が五十鈴の微笑みと重なる。やはり親子なんだなあ。
「先輩、すごく上達しましたね」
横で五十鈴が言った。
「前に食べた時は濃すぎましたが、今回のは絶妙な味です。お金取れますよ」
「そうか。上手くなってるか」
「はい、とても」
「五十鈴、やけに上から目線ね?」
泉美さんが呆れた顔をしている。
「先輩から指導してくれと頼まれているので」
「恭介さん、五十鈴のおふざけに無理してつきあわなくていいのですよ」
「俺自身楽しいので気にしないでください」
「……それならけっこうですが」
片づけは全員でやった。修介さんも手伝ってくれた。なんとなく、社長とは態度のでかい人というイメージを持っていたが、偏見は捨てなければならない。
「では、ここからは玉村家のターンです」
「は?」
「恭介さん、もう一度座ってください」
「えっ、あっ」
俺は泉美さんに誘導されてさっきのイスに座らされていた。
「お礼に我が家秘伝のホットケーキをごちそうします。五十鈴とお話ししてお待ちください」
「え、聞いてないんですが……」
「言ってませんからね」
泉美さんと入れ違いで五十鈴が戻ってくる。ニコニコ顔で、隣に座る。
「先輩にごちそうしてもらったまま帰らせたとあっては玉村家の名折れです。接待攻勢にしますから覚悟してくださいね?」
こうして俺は、ホットケーキとコーヒーで温かい逆襲を受けたのであった。
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