46話 場をわきまえよう

 二学期最初の週末。

 俺は多島さんに連絡を取って、また手伝いをさせてもらうことにした。


 こちらの都合に合わせてもらうのだからアルバイトと呼べるのか微妙な感じだ。しかし、いつでも来ていいと言われている。俺はいろいろと試しておきたい。


 日曜日の多島スポーツ。

 昼過ぎだが、店内にお客さんはいなかった。午前中に家族が一回来ただけでなかなかあとが続かない。


「眠くならないかい?」


 俺は一階のレジカウンター横で多島さんと並んで座っていた。


「平気です」

「掃除もやった、陳列もちゃんと見てある、でもお客さんが来ない。そうなるとうたた寝してしまう時があるんだよ」

「多島さんでもそういうことってあるんですね」

「自営業だから甘さがあるかもね」

「学校出て、いきなりこの店を開いたんですか?」

「いや、まずは学生時代にアルバイトした店でしばらく使ってもらったね。独立したのは三十になった頃だったかな。経営術とかを勉強して、僕の知識をあてにしてくれるお客さんを呼び寄せた。だからスタートダッシュは悪くなかったよ」

「やっぱり、高卒じゃ厳しいですか?」


 訊いてみると、多島さんは少し考え込んだ。


「本当は大学で勉強したほうがいいよ。でも恭介君はあまり行きたくないんだよね」

「そう、ですね」

「でも、せめて短大か専門学校は行くべきだと思う。もしも将来、こういう店を持ちたいなら特に」

「そこまでイメージできてるわけじゃないんですけど……」

「スポーツトレーナーには興味ないのかい?」

「右腕のせいで無理っぽいです……」

「ああ、そうか。難しい体になってしまったね」


 ふーむ、と多島さんがうなる。


「思い切ってスポーツ記者を目指す……のもきついか。機材を運ぶ時に支障が出そうだ」

「はい。でもスポーツには関わっていきたいと思ってます」

「そうか。まあ僕が面倒を見てあげてもいいんだけど、アップデートされた知識を仕入れるという意味でも、やっぱり専門学校は行ったほうがいいよ」

「ですよね……」

「ここで働きながら学校に行けばいい。荒療治にはなるけど、人と話す機会が増えてコミュ障が改善されるかもしれない」


 多島さんが真面目に相談につきあってくれるのは本当にありがたい。

 俺は「コミュ障だから」と言い訳を続けている状態だが、まだ真剣に自分と向き合えていないのかも。思い切って自分を新しい環境に突っ込ませれば、あるいは……。


「進学のこと、考えてみます」

「無理のない範囲でね」

「はい」


 ドアが開いた。

 俺たちは同時に立ち上がり、「いらっしゃいませ」と声をかける。


「いらっしゃいました」

「なんだ五十鈴か」

「なんだとはなんですか」


 現れたのは、紺色のブラウスに水色のスカートを穿いた五十鈴だった。今日はロングスカートではなく、丈が短い。


「先輩がまたアルバイトに行くというので、様子を見てみたくて」

「そうやって、俺の仕事を邪魔するつもりだろう」

「失礼な。わたしはそんな常識のない女じゃありません。お客さんが来たらすぐに帰りますよ」

「多島さん、なんかすいません」

「いいじゃないか。店の中が華やかになる」

「だそうですよ、先輩」

「……次のお客さんが来たら邪魔しないでくれよ?」

「ええ」


 多島さんがわざわざイスを持ってきてくれた。五十鈴がお礼を言って座る。三人で向き合う形になった。


「今ね、恭介君の進路相談を受けていたんだ」

「そうでしたか。ここにお勤めするわけではないんですね?」

「僕も一人くらい手があれば楽できるし、それでもいいんだけどね。ただ、専門のスキルがあればこの店になにかあっても一人でやっていけるだろう? だから進学したほうがいいんじゃないかなっていう提案さ」

「先輩が、いつか自分のお店を持つかもしれないですからね」

「うん。それもいいことだ」


 やはり、この二人は息が合うようだ。


「先輩、わたしはどんな道でも応援しますよ」

「ありがとう。もうちょっと考えるけどな」

「わたしはまともに働けませんから、卒業したら先輩の収入が頼りです」

「急に現実的な話をしないでくれ」

「卒業しても、彼氏でいてくれるでしょう?」

「そりゃ……もちろん」

「弱々しい……」

「ち、違うぞ。関係に不安があるとかじゃなくて、お前がストレートに言ってきたから驚いただけだ」

「わかってますよ。先輩はすぐ慌てちゃいますね」

「五十鈴はどうなんだよ。……俺を見捨てないでくれるか?」

「当然です」


 きっぱりとした返事。


「わたしは恭介先輩のことしか見ていません。他の誰かに目移りするなんてありえませんよ。世話を焼きたくなるところも含めて、先輩を好きでいるんですから」


 慌てた俺に対し、五十鈴は堂々としていた。俺もそのくらい強いメンタルで五十鈴と向き合っていかなきゃな。


「いやはや」


 ハッとして横を見ると、多島さんがカウンターに肘をついてニヤニヤしていた。


「素敵なカップルだ。僕も幸せをちょこっといただいたよ」

「…………」


 俺たちは黙り込んだ。

 多島さんに話を聞いてもらっていたはずが、五十鈴との会話に脱線してしまった。


 五十鈴の頬も赤くなっていた。

 しばらく微妙な沈黙が続き、お昼は過ぎていった。


 進路の話も重要だが、場をわきまえるということも学ばなければ――と思った俺であった。

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