47話 絵に秘められたもの
あちこちで「出し物なににする?」といった会話が聞こえるようになってきた。文化祭が迫っている。
俺のクラスは有志でダンスをやるらしいので、そんなに関わらずに乗り切れそうだ。
「文化祭ってさ、コミュ障にはかなりきついイベントなんだよ」
「気持ちはわかりますよ」
お昼休み。俺たちは東棟のベンチで弁当を食べていた。
「わたしも迷惑をかけないようにコソコソしていますし」
「去年はクラス屋台がポップコーンでさ、機材の搬入を手伝ったら女子にけっこうお礼言われたんだ。きつかったな……」
「それ、きつい思い出になるんですね」
「お礼を言ってもらえることは嬉しい。でもさ、それに対して「あっ、うん、どうも……」みたいな返事しかできない自分を思い出すと死にたくなる」
「ありありと想像できますね。やっぱり、先輩の相手ができる女子はわたししかいないということです」
「五十鈴とは最初から不思議と話せたな。友達いない同士、惹かれ合うものがあったのかもな」
「先輩、その話題は禁止ですよ」
「そうだった。五十鈴には一人も友達がいないんだもんな」
「なんで煽ってくるんですか!?」
「すまん、一言多かった」
「わざとですよね! またわたしをからかおうという魂胆ですか!?」
「なにを盛り上がっているんだ」
「先輩のせいです――ごほっ」
五十鈴がむせた。
「危ない、冷静になりました。不器用な先輩の術中にはまるなんて最悪ですからね」
「お前もけっこうひどいぞ」
「お返しです」
俺たちはじっと睨み合い、同時にニヤッとした。
「この流れでケンカしないの、俺たちらしくていいよな」
「先輩は真面目だから、煽ったら本気で怒るかもという心配はありますけどね」
「お前の言動には慣れたからな。怒るのは恥ずかしいじゃないか」
「ガチギレさせたらどうなるのか気になります」
「やめろよ?」
「冗談です。そんなことはしません」
「本気で怒ったことはないけど、俺は頭に血が上ると止められなくなるタイプだぞ。たぶん」
「物静かな人ほど暴れた時すごいというやつですね」
俺はうなずく。さすがにボーダー越えの怒りは経験したことがない。これからもしたくはない。
五十鈴が相変わらず小さなサンドイッチを食べ終わると、タッパーをしまって立ち上がった。
「今日は先に戻ってもいいですか?」
「なにかあるのか?」
「前に話したイラストを清明祭実行委員会に提出するんです」
「俺に先に見せるって言ってたじゃないか」
「ふふふ」
出たな、イタズラ心たっぷりの笑い。
「考えが変わりました。到着順で昇降口の掲示板に貼り出されるので、先輩にはそこで見ていただこうと思います。横にわたしがいると、冷静な目で見られないでしょうから」
「それは……あるかもな。わかった、一人で見る」
「お願いします。では」
五十鈴が歩いていった。
ブラウスは半袖から長袖に替わっている。まだまだ暑いが、だんだん風が冷たくなってくる。五十鈴としては油断できない時期だろう。
†
「今年は焼きそばの屋台を出します」
午後のロングホームルーム。清明祭の会議が行われている。
俺はぼーっと、教壇に立つクラス委員長を見ていた。四角いメガネに七三分けという、優等生感あふれる外見の男子。
「他のクラスと会議がありまして、各組例年通りのものを出せばいいのではないかという結論になりました。我がクラスはずっと焼きそばの屋台なので、今年もそれでいきたいと思います。意見のある方は?」
誰もなにも言わない。
「では、決定とします。次は当日の調理メンバーを決めていきたいと思います」
「俺、やりたいでーす」
発言したのは守屋だった。意外な積極性。
「いいですね。他に希望者は?」
クラスメイトたちがそれぞれ話し合う流れができて、教室がざわつく。
守屋が振り返って俺の腕を叩く。
「新海、一緒にやろうぜ」
「俺も?」
「お前とコンビ組むつもりで手を挙げたから、やってくれないと困る」
「いきなり逃げ場を奪うな。俺はそういうの……」
「焼きそば作れるようになったら、彼女の評価がちょっと上がるかも」
「…………」
「焼きそば作ってる新海を見たら、彼女がさらに惚れるかも」
「…………」
守屋の言葉が、すぐ頭の中で映像に変換された。
勢いよく焼きそばをかき回す俺。それを見る五十鈴。
出来上がったら渡して、俺の前で彼女が食べてくれる。そして、「おいしいです」と言ってくれる――。
「……やるか」
「さすが。信じてたぜ」
「大げさだな」
守屋が前を向いた。
「新海君もやってくれるそうでーす」
その言葉に、教室が一瞬しん……となった。すぐにざわめきが戻ってくる。
「あの新海君が?」「意外にやる気だ」「話せるチャンス?」「料理の腕前見たい」「彼女のこと聞き出すか」
……おーい、全部聞こえてるぞ。
俺はため息をついた。
まあ、これもコミュ障改善の一手になるかもしれないしな。
屋台に立っていれば、お客さんともクラスメイトたちとも話す機会が自然にできる。そこで頑張って会話できれば、少しは自信もつくんじゃないだろうか。
せっかく守屋がくれた機会だ。なんでも挑戦してみよう。
俺は、自分でも意外に思うほどすんなり受け入れることができていた。
†
ホームルームが終わると、みんなぞろぞろ帰っていく。
五十鈴とは校門で合流するので、昇降口までは一人だ。
俺は階段を降りて昇降口に出た。
何気なく右側を見る。
大きな掲示板。
そこに、一枚だけイラストが貼りつけられていた。
〈清明祭キービジュアルコンテスト 参加作品〉と、書いてある。
まだ文化祭まで時間がある。すぐに出してくる人は少ないようだ。
だから、名前は出ていないが、この絵が五十鈴のものだとわかった。
舞い落ちる紅葉の葉と、その中に立つ、唐傘をさした着物姿の女性の絵。右下にはすぐはがせるシールがついていて、「ここに清明祭のロゴと日程が入ります」と書かれていた。
線が筆っぽくて、単純に上手いと思った。
和風に振り切った一枚で、女性には凛とした雰囲気がある。目元はキリッとしていて、肌は健康そうな小麦色、どうやら身長もありそうだ。
ふと目にとまったのは髪飾りだった。
蝶のかんざし。
俺は、五十鈴がたまにつけている蝶の飾りのついたカチューシャを思い出していた。
きっと偶然じゃない。あいつは狙ってこれを描いたはずだ。
ここに描かれているのは、すべて五十鈴と対照的な人物。
だからこれは、文化祭のポスターという仮面を貼りつけた、五十鈴のごく個人的な感情の詰まった一枚なのだ。
「恭介先輩」
横を見た。五十鈴が微笑みながら昇降口に降りてくる。
「どうですか? 自信作なんですが」
「すごく上手いよ。こんな特技を隠し持っていたとはな」
「先輩との関係を思わせるような真似はしませんでしたよ」
「冷静な判断、感謝する」
「えへへ。それで、どう思いました?」
「そうだな……」
俺は五十鈴の目をまっすぐ見つめて、言った。
「これは、お前がこうありたいっていう理想の女性像……じゃないか?」
目元はおだやかで、肌は病的に白く、身長は低い。絵の女性は正反対だ。そこに重なる蝶の髪飾り。
俺は自然と、そんな推測を巡らせていた。
しばらく沈黙があったのち、五十鈴が笑った。小首をかしげ、ニコッと。
「お見事。正解です」
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