45話 俺の成長と五十鈴の目標

 九月になり、今日から学校が再開だ。

 夏休みは俺なりに進路のことを考え、進むべき道もぼんやりだが見えてきた気がする。

 あとは、この二学期でどこまで決められるかだ。勝負の時間になるだろう。


 俺は校門の近くで待っていた。

 向こうから高級車がやってくるのが見えた。俺の前で停車し、制服姿の五十鈴が降りてくる。


「おはようございます、恭介先輩」

「おう。二学期もよろしくな」

「こちらこそ」


 大河原さんに挨拶すると、向こうも手を挙げてくれた。


 俺たちは昇降口へ向かう。

 制服姿の五十鈴を見るのは久しぶりだった。半袖ブラウスにベスト、いつものスカート、ソックス。

 清楚系の私服ばかり見ていたので、逆に制服が新鮮だ。


「先輩、ジロジロ見ないでください」

「いや、そんなつもりは……。ただ、久しぶりに五十鈴の制服が見られて目が離せないというか」

「つまりジロジロ見てるってことじゃないですか! 最近、なんだか開き直るようになりましたよね!?」

「成長だな」

「よくない方向にですけどね」

「そうか……」


 俺は五十鈴から大きく視線を外して歩く。黙々と歩く。


「せ、先輩……少しでいいのでこっちを見てください……」


 五十鈴が弱々しい声を出した。


「ふふふ、勝ち方がわかるようになってきたぞ」

「うー、わたしは一方的に先輩をからかいたいのに」

「そうはさせるか。ここからはノーガードの殴り合いだぞ」

「物騒な言い回しはやめてください。愛の戯れです」

「恥ずかしい言い回しはやめような」

「くっ!」


 今日も、自然に五十鈴と楽しくおしゃべりができている。女子と会話すること自体がほとんどなかったのに、こういうことができるようになったのはやはり成長だろう。


 どん底に落ちかけた人生だが、俺は確かに上がってきている。


「お昼休みはいつものところで食べましょうね」

「わかった」

「いつも通りの中身ですよ?」

「いいじゃないか。安心する」

「そうですか」


 五十鈴はホッとした様子だった。マンネリ化を心配していたのだろうか。


「じゃあ、またあとで」


 階段のところで五十鈴と別れて自分の教室へ向かう。

 守屋がもう来ていた。

 結局、夏休みは五十鈴以外とは会わなかったな、と今さら思う。


「よ、久しぶり」


 守屋が俺に気づいた。


「あんまり焼けてないな」

「野球やらなくなったらこんなもんじゃね?」

「まあ、そうか」

「お前はそこそこ焼けてるな」

「プールとか行ったから」

「ほう、玉村さんと?」

「まあ、そうだな」

「ふーん」


 守屋がニヤニヤする。


「彼女の水着姿、どうだった?」

「まぶしかった」

「ははっ、お前らしいコメントだ。でもあの子、体弱いんだろ。ガリガリじゃなかった?」

「ちゃんと肉付いてたぞ。体だけ見たら健康そうだったな」

「じゃ、はかどっただろ」

「なにが?」

「いや、なんでもない」


 俺が首をかしげると、守屋は苦笑いした。


「ま、仲良くやってるようでよかった。気をつかって連絡しなかったんだぞ」

「別に毎日会ってたわけじゃないし、遊びに行けたのに」

「もし日付が重なったら、お前が死ぬほど悩みそうで心配だったんだよ」


 確かに、同じ日に遊びの誘いがあったら俺は迷う。

 彼女か、友達か。

 どっちを断っても気まずくなる。そして、遊んでいる最中も引きずってなにも楽しめなくなるのだ。両者につまらない思いをさせてしまう最悪パターン。


「駄目な奴ですまん」

「慣れてるから安心しろ。これでもずっとバッテリー組んできた仲だからさ」

「……そうだな」


 友人の気づかいに俺は感謝するばかりだった。


     †


 始業式のあとはもう通常授業が始まる。

 夏休みに課題が出ていなかったので、そのまま休み前の続きからだ。


 無事に四時間目まで切り抜けると、俺はさっそく東棟へ向かった。


 渡り廊下に出ると、「先輩!」と背後から声をかけられた。五十鈴がやってきたのだ。


「お疲れさまです。一緒に行きましょう」

「おう」


 俺たちは並んで東棟のベンチまで歩いた。五十鈴のペースに合わせるのも慣れてきた。最初は歩幅や速度を掴みきれずに引き離してしまったりもしたが、ここも成長しているはずだ。


 ベンチに座ると、流れるように五十鈴が弁当箱を渡してくれた。


「二学期と言えば文化祭ですね」

「そうだな。俺はなにもしたことないけど」

「わたし、今年は挑戦したいことがあるんですよ」

「ライブステージでパフォーマンスでもやるのか?」

「……それは勘弁してください」


 長野清明の文化祭――清明祭の目玉の一つはライブステージだ。

 生徒による出し物もあるし、外部からその道の人を招いて特技を披露してもらうこともある。過去には長野出身のお笑い芸人や和太鼓のチームを呼んだこともあるようだ。


「文化祭のキービジュアルコンテストに参加するつもりなんです」

「ポスターになるやつだな」

「はい」


 ポスターは毎年、コンテスト形式で決められる。

 応募されたイラストや写真などを昇降口前に貼り出して、得票数を競うのだ。


「絵、描けるんだな」

「見せたことがないだけで、ずっと描いていますよ」

「昔から?」


 五十鈴はうなずく。


「体が弱いとできることって限られるじゃないですか。そこでわたしが好きになったのはお絵かきだったんです」

「まったくそんなこと言ってなかったじゃないか」

「言う機会がなかっただけです」

「部屋にも絵はなかった」

「自分の絵を自分の部屋に飾るなんて恥ずかしいじゃないですか。板タブは置いてありましたけど、先輩まるで興味なさそうでしたし」

「板タブ?」

「デジタルでお絵かきする道具です」

「機械には詳しくないからな……」

「先輩がお見舞いに来てくれた時、隠し忘れて普通に机の上にあったんですが」

「五十鈴しか見てなかった」

「あぅ」


 五十鈴が変な声を出した。


「あの時は告白のことで頭がいっぱいだったからな。それで、将来プロになろうとか考えないのか?」

「…………」


 五十鈴はしばらく黙った。


「実は、そうしたいと思っています」

「おお」

「小説の表紙とか、描いてみたいんです。そのためにコソコソ練習してました。二学期は先輩にそれをお見せするつもりです」

「楽しみだな。もっと早く知りたかったけど」

「コンテストに合わせて、二学期になったら教えると決めていたんです。がっかりされないといいんですが」

「五十鈴の描いたものならなんだって好きになれるよ」

「き、キザなこと言いますね。こうなったら予想を上回るものにしなきゃ」

「急かすつもりはないから、自分が納得できたら見せてくれ」

「はい。まず先輩に見せてからコンテストに出しますね」


 俺は以前のことを思い出していた。


 ――兄が会社を継ぐから、自分は独立する。


 五十鈴はそんなことを言っていた。

 独立とは絵で生計を立てていくことを指していたのか。


 五十鈴の体力を考えれば、職場でフルタイムの仕事をこなすのは難しそうだ。学校だって保健室があるからどうにかなっている状態なのだ。


 家で仕事ができるなら、それに越したことはない。計画通りにいかなかったとしても、玉村建設が安定している限り、五十鈴の生活は保障されている。


「五十鈴」

「なんでしょう」

「応援してるぞ。困ったことがあったら手伝うからな」


 俺が言うと、五十鈴は一瞬ぽかんとしたあとに微笑んだ。


「なにかあったら、お願いしますね」

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