44話 仲良しに見えますか?

「今日はどこに行くんだ?」

「隠れ家的なお店です」


 お盆明け。

 俺は久しぶりに五十鈴と遊びに出た。夏休みは八月いっぱいなので、残りが少なくなっている。


 大河原さんの運転する車に揺られて中心街を走り抜ける。


「もうすぐですよ」


 五十鈴が指示を出すと、大河原さんが路肩に停車した。

 俺たちは礼を言って下りる。


「ちょっとだけ歩きます」

「体力は持つか?」

「あっ、またそうやってわたしを貧弱扱いする」

「でも積み上げてきた実績があるから」

「くぅ、反論できないのがつらい……」


 おほん、と五十鈴が大げさに咳払いした。


「大丈夫です。とにかくついてきてください」

「わかった」


 今日はからっと晴れているので、暑いとはいえ気持ち悪さはない。

 五十鈴を追いかけて細い路地に入っていく。

 今日の彼女はグリーンのワンピースだ。緑はあまり見たことがないので新鮮に映る。


「ここです」


 やがて、裏路地の中にある〈青峰せいほう〉という店にたどり着いた。クリーム色の壁にメニューの看板が立てかけてある。喫茶店のようだ。


 五十鈴が隠れ家的というのもわかる、小さな店だった。二階建てだが、奥行きがあまりなさそうなのだ。窓が小さいのもその印象を強くしている。


「NAMIKIでもよかったんですが、こちらもたびたび来ているんです。先輩に教えたくて」

「よし、入ってみるか」


 五十鈴が先に扉を開けた。カランカランと音が鳴る。


「こんにちはマスター。久しぶりに来ましたよ」

「おお、玉村さん。元気そうだね」


 白髪の目立つマスターが俺に目を向けた。


「今日はお連れさんがいるんだね」

「その、恋人です」


 五十鈴はちょっと恥ずかしそうに言った。


「ど、どうも。初めまして」

「初めまして。ずいぶん立派な体格の彼氏だね」

「元野球部なんです」

「なるほど。とりあえず座ってちょうだい」


 俺たちはカウンター席に座った。壁際を埋める形。


「さて、今日はどうする?」

「アイスコーヒーを」

「じゃ、俺も同じで」

「かしこまりました」


 マスターがカウンターの向こうで作業を始める。

 俺と五十鈴は黙って待っていた。

 カウベルが再び鳴った。


「マスター、戻りました」


 俺と同い年くらいの男子が入ってきた。ジーパンにシャツ、エプロンという格好。


「あ、いらっしゃいませ」


 相手は頭を下げ、すばやくカウンターの向こうに移動する。


「アルバイトさんですか?」

「うん。玉村さんにも紹介しておこうか。今、うちを手伝ってくれてる道原みちはら君だよ」

「どうも」


 道原君は軽くお辞儀した。髪の毛のばっちり決まった爽やかそうな男子だった。モテそう。


「いま高校三年生だから玉村さんの一個上かな」

「じゃ、先輩と同学年ですね」


 五十鈴と道原君が同時に俺を見た。


「その、よっ、よろしくお願いします」

「はあ、よろしくお願いします」


 俺がばたついたせいで微妙な挨拶になってしまった。


「なかなかガタイいいですね。スポーツ選手?」

「や、野球をやってました」

「野球か。じゃ、五輪球場オリスタで試合やったことありますね?」

「あ、あります」


 いちいち返事に慌てる自分が情けない。


「俺、よくあっちまで散歩に行ってたんですよ。最近はそうでもないんですけど」

「へえー。……ちなみに家ってどこですか?」

新諏訪しんすわのほうですね」

「え? 新諏訪からオリスタまで歩いたら二時間以上かかりますよね?」

「それが楽しいんですよ。ぼんやり歩くのが好きで」

「スポーツはやってるんですか?」

「いいえ。散歩は趣味です」

「…………」


 へ、変人だ……。

 俺は押されて、思わず五十鈴に助けを求めた。


「競歩の選手ではないんですね」

「まったく関係ありません。自由人ですよ」

「それだけ歩けるなんてうらやましいです。わたし、体が弱くて満足にお散歩もできないので」

「でも、彼氏さんがいろいろつきあってくれるんじゃないですか?」


 道原君がさらっと言う。


「並んでるだけで仲良さそうだなっていうのがわかります。そんな雰囲気出てますよ」

「仲良しに見えますか?」

「隠したいなら失敗してますね」


 なんだかひねくれた言い方だが、俺たちの関係の良さは、会話していなくても通じるらしい。


 マスターがアイスコーヒーを出してくれた。

 俺と五十鈴はそれぞれ受け取って、ストローに口をつける。NAMIKIとは違った香ばしさがあって、長く残る濃い味だ。


「おいしい」

「先輩もそう思いますか? 来て正解でしたね」

「うん、知れてよかった」

「関係の診断もしていただけましたし、よかったです」

「それはたまたまだろ?」

「そうですけど、黙っていても第三者に通じるのはかなりのものですよ。わたしたちは進んでいるということです」

「まあ、そうか」


 大人ではなく、同世代の相手にそう見られたというのは大きいのかも。


「学校では気をつけたほうがいいですよ」


 道原君がぽつりとこぼした。


「べったりしてるとネタにされやすいですからね。ほどほどに離れていたほうが安全です」

「なるほど。確かにそうかもしれません」


 五十鈴がうなずいている。俺も周りの男子にからかわれたくないし、休み明けの学校ではイチャイチャしすぎないようにしよう。


 五十鈴がコーヒーを飲み干し、ホッと息をつく。


「ごちそうさまでした。おいしかったです」

「いつもありがとね」


 五十鈴とマスターが笑顔を交わす。

 俺はなんとなく道原君を見た。相手が口パクする。が、ん、ば、れ――と言ったように見えた。変人だけど、たぶんいい人なんだろう。


 俺たちはお金を出し合い、会計を済ませた。


「では、またそのうち来ますね」

「待ってるよ」

「ご、ごちそうさまでした」

「彼氏さんもまた来てね」

「は、はい」


 外に出ると、道原君が見送りに来てくれた。


「ありがとうございました」


 その言葉を聞き終えてから、俺は扉を閉めた。


 二人で中心街へ歩き出す。


 半袖シャツにミニスカートの女子とすれ違った。ツリ目の、ちょっと勝ち気そうな人物だ。

 彼女が〈青峰〉のドアを開けて、「耐えられなくて来ちゃった」と言うのが聞こえた。


「道原さんという方の彼女かもしれませんね」


 五十鈴がニコニコ顔で言う。


「そっか、イチャつきすぎるなってアドバイスは実体験があったから……」

「経験者は語る、というやつですね。わたしたちも気をつけましょう」

「といっても、みんな俺たちがつきあってることは知ってるだろう」

「イチャつきすぎない、が重要なんです。お互い友達が少ないのに、これ以上孤立するような要因を作るべきではありません」

「お前は少ないんじゃなくていないだろ」

「あっ、それは言っちゃいけないお約束ですよ!」

「初めて聞いたな」

「せ、先輩だって野球部以外には友達いないじゃないですか。しかもクラスに限って言えば守屋先輩だけで」

「ストレートでグサグサやってくるのやめろよ。傷つくだろ」

「わたしも傷つきました。先輩が悪いです」

「正論を述べただけだぞ」

「正論は人を不愉快にさせることもあるんですよ」

「わかった、悪かった」

「もっと誠意を込めて謝ってください」

「ごめん」

「誠意!」

「ははっ」

「そこで笑いますか!?」


 なんだか話が妙な方向に進んでいる。


「やっぱり、友達の話はしないほうがお互いにとって幸せなことだと思う」

「そうですね。こんなことで言い争うのは不毛です……」


 俺たちは立ち止まり、顔を見合わせた。


「こういう騒がしいノリ、学校ではやめような」

「賛成です」


 そして、同時に笑う。


「でも、こうやって熱くなるのも楽しいですけどね」

「俺もだ。案外、こういうやりとりほど外から見ると仲良しに映るのかもな」

「さっそく自重できませんでしたね」

「先に友達がーって言ったのは五十鈴だ」

「あっ……と、反論すると同じ流れになるのでやめておきます。えらい、わたし」

「ははっ、なんだそれ」

「ああっ、今のは絶対小馬鹿にしましたよね! それは許しません!」

「じゃあどうする?」

「えいっ」

「うおっ」


 五十鈴から左肩にチョップを食らった。軽い。ダメージゼロ。


「なあ」

「なんですか?」

「これ、永遠に終わらない気がするから早く大河原さんのところに行こう」

「……はい」


 俺たちはようやく歩き始める。

 五十鈴が静かになったので、今のやりとりを振り返った。


 ……うん。

 やっぱり、イチャイチャしてるだけにしか見えないよな。

 自重、自重。

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