42話 俺の両親と五十鈴
「なあ五十鈴」
「なんでしょう」
「明日、うちに来てみないか」
「えっ?」
†
そんな電話でのやりとりがあって、今日、俺は家の前で五十鈴を待っている。
お盆休み初日。うちはこの時期に仏壇がちょっと豪華になるくらいで特になにもしない。なので五十鈴を呼んだのだ。
俺も五十鈴の両親に会ったことだし、五十鈴にも俺の両親と会ってほしい。そんな思いをずっと抱えていた。
もうすぐお昼。
さすがに暑い。今日も容赦ない日差しが照りつけている。
路地の向こうに高級車が見えた。
「お久しぶりです、先輩」
「おう」
いつもの、白いブラウスに水色のロングスカート姿の五十鈴が現れた。蝶の飾りがついたカチューシャをしている。これを見るのも久しぶりだ。
五十鈴とはプールに行ってから会っていないので、二週間近く顔を合わせなかったことになる。
「よいしょ」
五十鈴は大きな紙袋を引っ張り出してドアを閉めた。
「おい、それってもしかして」
「先輩のご両親に直接お渡しします」
「そ、そうか」
俺は五十鈴を先導して家に入った。
玄関で靴を脱ぎ、左に折れて廊下を抜けていく。突き当たりの部屋が一応、応接間ということになっている。ちょっと色あせた畳の並ぶ和室だ。
父さんと母さんがすでに座っていた。
「初めまして」
五十鈴は座敷に入る前に廊下に正座して頭を下げた。
「い、いらっしゃい」
「か、かしこまらなくていいのよ」
俺の両親は完全に押されている。
「五十鈴、こっちだ」
「はい」
台を挟み、右に父さん、左に母さん。俺が父さんの対面で、五十鈴が母さんの向かいという位置になった。それぞれ座布団に座る。
「これは、うちの両親からです」
まず、五十鈴が紙袋を母さんに渡した。
「いやだ、こんな高そうなものを……」
「貴重な機会ですから」
五十鈴が微笑むと、母さんはちょっとためらってから紙袋を受け取った。
「あらためまして、恭介先輩とおつきあいさせてもらっています、玉村五十鈴と申します」
五十鈴が頭を下げる。
なぜか、迎えた側がアウェーみたいな雰囲気になっている。それくらい彼女のペースだった。
「は、初めまして。恭介の父で
父さんが名乗った。肩幅の広い、がっしりしたスポーツマン体型。眉が太いが、俺には遺伝しなかったらしい。
「恭介の母の
母さんが言うと、五十鈴は少し照れたように笑った。五十鈴とは対照的な、健康そのものの小麦色の肌。目つきがキリッとしていて、同性に好かれるタイプだと思う。
「恭介がね、五十鈴ちゃんをうちに呼びたいって言ったの。聞けば、もううちの子はあなたのご両親と話してるそうじゃない? だから私たちも会っておかなきゃねっていう話になったのよ」
「わたしが一方的に先輩を家に呼んでしまったので、急ぎすぎたかなという気もしたんですが」
「ご両親は恭介のこと、なにか言っていた?」
「頼もしい相手だと」
「そうかなあ」
「おい、父さん」
俺は思わずツッコミを入れてしまった。
「恭介、野球から離れるとすぐ挙動不審になってね。見ていていつも心配だったんだよ。うまくやれてるのかな」
「やれていない時もありますが、わたしがカバーします」
「おい、五十鈴」
今度は五十鈴にツッコまなければならなかった。
「正直すぎるぞ。もうちょっと優しくしてくれ」
「ですが、挙動不審になるのは事実ですし」
「ま、まあな……」
「恭介、大丈夫なの? 迷惑かけてない?」
「けっこうかけてる」
「先輩もだいぶ正直ですよね」
父さんがくっくっと肩をふるわせた。緊張が解けてきたのか、楽しそうにしている。
「息ぴったりだな。恭介の相手は大変だろうと思っていたけど、上手にコントロールしてくれてるね」
「先輩はわかりやすいので、少し誘導してあげるといい反応をしてくれます」
「ははは、あしらわれてるぞ恭介」
「し、仕方ないだろっ。こいつは俺をからかうことにかけては一流だから……」
「からかわれているの?」
母さんも食いついてきた。
「恭介先輩、リアクションがいいのでついからかいたくなってしまうんです。そういうところは遠慮せず、距離を縮めていけるようにと思って」
「それらしいことを言ってるが、ただ面白いからやってるだけだろ」
「慌ててる先輩、面白くて好きですよ」
「嬉しくない「好き」だ……」
「どういう「好き」ならいいですか?」
「えっ、そりゃ……気持ちのこもった……」
「好きです」
「ひっ」
「なんでそんなにびっくりするんですか。先輩が言ったんですよ」
「親が見てるのに堂々と言うとは思わなかったんだよ……」
「体は弱いですが、メンタルは強いほうなので」
えへん、と得意げになる五十鈴だった。
両親は俺と五十鈴のやりとりを笑顔で見つめている。気まずい。
「いやはや、恭介にとって理想の相手がこんな形で現れるとはね。確か、退院の時に病院で偶然会ったんだろう?」
「そうです。つらそうにしていたので声をかけさせてもらいました」
「恭介が入院しているあいだ、母さんと二人でこの先どうしようか話し合ったんだ。野球ができなくなって恭介が荒れるんじゃないかって不安にもなった。そこに君が寄り添ってくれたんだな」
「放っておけなかったんです。自棄になってむりやりボールを投げ始めたらどうしよう、とか」
どうでもいいけど、俺って信頼なさすぎないか……?
荒れると思われたり、無茶すると思われたり。そんなヤバい奴だと心配されていたのか。ショック。
「あなたのおかげで恭介は救われたのよ。思ったほど暗くならなかったし、むしろ野球やってた頃より表情は明るくなったかも。もちろん、やってた頃の闘志たっぷりの顔つきもよかったけどね」
「そうですね。写真を見ましたが、試合中の先輩の表情はとても素敵でした」
「どっちも捨てがたいわよね」
「わかります」
五十鈴と母さんがうなずき合っている。
恐ろしく融け込むのが早い五十鈴であった。
「よかったらお昼、食べていってほしいわ。あなたのお口に合うかわからないけど」
「いいんですか?」
「もちろん。そのつもりで用意したから」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
「お父さん、手伝って」
「はいよ」
「俺も――」
「あんたは五十鈴ちゃんを退屈させないようにしなきゃ」
両親が食事の準備に移り、座敷には俺と五十鈴だけが残った。
「明るいご両親ですね」
「普段はそこまで口数多くないけどな」
「たくさんおしゃべりしているから仲がいいとは限らないでしょう。恭介先輩の家は、とても心地いい感じがします」
「そっか」
彼女にそう言ってもらえるのは嬉しい。
「仲良くやっていけるといいですね。お互いの家族が」
「仕事がだいぶ違うけど、みんな穏やかだからなんとかなりそうな気がする」
「同感です。きっと相性いいですよ」
二人とも前向きに考えていたことがわかって、俺はホッとした。
「それじゃ、お昼にしましょうかね」
父さんと母さんが大皿を持って戻ってきた。
五十鈴もずっと笑顔のままだ。
家族との初顔合わせは、ひとまずうまくいったようだ。
一大任務を終えた気持ちで、心が楽になった。
さあ、賑やかなお昼ご飯にしよう。
明るい空間が、我が家の取り柄なのだから。
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