19話 五十鈴への質問タイム

「五十鈴、一番好きな料理ってなんだ」

「そうですね……うーん……」


 五十鈴が考え込む。

 翌日の昼休み。東棟のベンチである。


「カルボナーラのパスタでしょうか。たぶん、出されて一番嬉しいのはそれかな」

「なるほど。スイーツだと?」

「シュークリームですね。ケーキ屋さんのシュークリームはクリームが凝ってて好きなものが多いです」

「ほうほう」

「どうして急にそんなことを?」

「なんとなく気になったんだ。というか、訊いてみたいことがいくつかあって」


 五十鈴はきょとんとしたあと、少しだけ笑顔になる。


「先輩、わたしに興味を持ってくださったんですか?」

「なにかの役に立つと思ったんでな」

「なんでも訊いてください。あ、でも、いやらしい質問はなしですよ」

「わ、わかってるよ」

「本当ですか? 胸の大きさとか、気になりませんか?」

「お前はまたそうやって……! そんなこと言われたら逆に気になってくるじゃないか!」

「気になるんですね」

「うぐ……し、仕方ないだろ。俺もその……男だし」

「まあ教えないんですけどね」

「おいっ!」

「わあ、怒った。怖いです……先輩……」

「待て待て、そんなおびえた顔をするんじゃない。俺がいじめてるみたいになってる」

「うぅ……」


 五十鈴が縮こまる。やばいってそれは。俺は周囲に視線を走らせた。見ている奴はいない、おそらく。


「本当に手強い奴だな……」

「えへへ。先輩はからかい甲斐があって楽しいです」

「俺はおもちゃかなにかか?」

「誇ってください」

「できるか!」

「それでは質問をどうぞ」

「くっ……」


 完全に五十鈴のペースだ。乗せられるのは悔しいが、本題に入ろう。


「休日の過ごし方は?」

「部屋にこもっていることが多いでしょうか。その日の体調によってはずっと横になっていることもありますね」

「起きてる時は」

「本を読みます。ゲームはやらないですし、SNSもやっていませんからね」

「スマホのゲームもやらないのか」

「どうも手が伸びなくて。はまって課金しちゃうのも怖いじゃないですか。払うのは両親ですから」


 以前、俺にスイーツを買ってくれた時、五十鈴は言っていた。

 自分の金銭感覚を信じてほしいと。

 どうやら本当にしっかりしているようだ。


「好きな本は?」

「ミステリ系の小説です。名探偵が出てきて謎解きをするようなお話が好みですね」

「五十鈴らしいな」

「そうですか?」

「イメージに合ってるよ」

「ベレー帽をかぶったら、わたしも探偵に見えるでしょうか」


 イメージは浮かんでこなかったが、実際にかぶったらかわいいと思う。


「見える」

「適当に言ってません?」

「ちゃんと考えて答えている。――次は……そうだな、出かける時に必ず行く店は?」

「お洋服は必ず見ますね。どこに寄るかはまちまちですけど。あとはそこそこの頻度で本屋さんにも行きます」


 いいぞ。どんどん情報が集まっていく。


「長野駅前は行くか?」

「たまに。飲食店に行くのがメインですね」

「カフェとかいっぱいあるよな」

「それもありますし、前に行ったイタリアンレストランとかもそうですね。もちろんコーヒーを飲みに行くこともありますけど」

「コーヒーも飲めるんだな」

「ミルクを入れればちょうど好きな味になるので。先輩はコーヒーも飲まないんですよね」

「スポーツドリンク一筋だったからな。最近はいろいろ試してみようと思ってるよ」

「わたしがおすすめをいっぱい紹介してあげます。ラテが甘すぎるのなら、他にも種類はありますから」

「そうだな。頼む」


 ……って、それもまた五十鈴に頼ることになってしまうじゃないか。


「前に行ったNAMIKIって喫茶店にはよく行くのか?」

「休日の行き先の一つですね。頻繁に行くわけでもないんですが、あのメロンソーダが急に恋しくなったりするんです」

「確かにうまかったよな」

「気に入ってもらえました?」

「機会があったらまた飲みたい」

「じゃあ今週末、また出かけましょうか?」

「でも、金が……」

「もう月末ですよね」

「それがどうした」


 五十鈴はスマホを出してなにか見ている。


「月の頭にお小遣いがもらえるので、今月の残額をチェックしていました。まだ余裕があるので、わたしからのおごりということでどうでしょう?」

「なんか、頼りっぱなしだな」

「わたしが好きでやっていることですから」

「じゃあ、行くか」

「やった。ありがとうございます」


 また、おごってもらうのにお礼を言われてしまった。まあ、どうせ土日の過ごし方はわかっていないんだ。ちょうどいい。


「それと、もう一つ提案があります。恭介先輩、美容室に行きませんか?」

「美容室?」

「先輩、野球をやめてからけっこう髪の毛伸びてきましたよね。でも丸坊主からそのまま長くなっただけなので、ちょっともっさりして見えると言いますか」

「気になってはいたが……」


 俺は前髪を触る。部活を辞めたので丸坊主でいる必要はなくなった。短いあいだはそれでもよかったが、伸びてきたので邪魔になりつつある。


「わたしが美容室に案内してあげますよ。どうでしょう?」

「わかった。連れていってくれ」

「お任せください」


 流れで美容室の予約まで取ってもらうことになった。五十鈴は俺のことを本当によく見てくれている。


 野球部にいた頃、エースということもあって俺は周りから気にかけてもらっていた。五十鈴の気づかいは、それとはまた違ったありがたさがある。どちらにしても、俺は恵まれている。


「美容室の代金は母さんからもらうから、そこは無理しないでくれよ」

「先輩がそう言うのでしたら」


 なにも言わなかったら払う気でいたんだな。


 ともかく、週末の予定が固まった。


 それに今日はやりたいこともできた。

 五十鈴に質問しまくる。そして、相手のことをもっと知る。


 これから関係性を進めていく時、五十鈴のことを知らないままでは迷惑をかけるかもしれない。せめて出かける時、一緒に行く場所くらいは自分で考えられるようにしたい。そう思っての質問タイムだった。


 メモは取っていないが、記憶力には自信がある。

 いつか今日の質問が役に立つ日がくればいい。

 そう思った昼休みであった。

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