18話 自分の正直な気持ち
「聞いたぜ。お前、後輩ちゃんと一緒に遅れて来たんだってな」
ハンバーガーを食べた日の午後。
放課後になった直後の教室で、俺は守屋と話していた。
「病院で一緒になったから、そのまま流れで」
「だいぶ仲良くなってきたみたいだな」
「そうかな。まあ、進んでる感じはするが」
「おいおい、鈍すぎるぞ。学校の外で会ったからって一緒に行こうとは普通ならないだろ。向こうはそれだけ新海のことを気に入ってるんだよ。もう告白すれば?」
「さすがにそんな勇気はないな」
「絶対いけるのに」
俺は五十鈴が再び告白してくるのを待っている。
相手が作ってきた関係だから、俺は基本的に受ける側で……。
でも、本当にそれでいいんだろうか?
もしかしたら、五十鈴もどこかで、俺からの告白に期待していたりして。うぬぼれているだろうか。
「どうした、黙り込んで」
「迷惑かける男は嫌われるよな」
「唐突だな。そんなん相手次第じゃねえの? そういう男の面倒を見たいって女の子もいるだろうし」
「そうか……」
「迷惑かけてんの?」
「けっこうな。五十鈴がいつか俺に愛想を尽かした時、自分がそれに気づけなさそうで怖い」
「うわ、下の名前で呼んでんのかよ? めちゃくちゃ進んでるな」
「呼んでほしいって言うから仕方なく……」
「でも拒否はしなかったんだな。お前、やっぱりその子のこと好きなんだと思うよ」
「そうかな」
守屋は腕を組む。
「やっぱ、女子を名前で呼ぶのって勇気いるよ。それをやるってことは相手に興味がなきゃできない。仕方なくでやるにはハードル高いと思うんだよな。お前はそれを乗り越えてるわけだろ?」
やはり、そうなのか。
俺は自分の無意識の感情を信じられないでいるのだろうか。
守屋も片倉と同じで、俺の背中を押そうとしてくれる。
周りがこれだけ言うのだから、俺はやはり自分から進めるべきなのかもしれない。
「守屋」
「おう」
「仮に進展させるとしても、あんまり急かさないでくれよ」
守屋は笑った。
「ああ、邪魔はしねえよ。でも、いい報告を期待してるぜ。野球部の奴らもお前のことを気にかけてる」
「……頑張ってみる」
†
五十鈴は、今まであまり他人に手助けしてもらったことがないのだろう。あっても家族とか看護師さんくらい。
だから去年、転びそうになったところを俺に支えられたことがすべての始まりになった。
俺は病院で会い、学校で話しかけられるまで意識していなかった。助けたことすら忘れていた。
しかし今はどうだ。
からかわれたりもするが、それが嫌ではないし、世話を焼いてもらうのも楽しいと思っている。
一緒にいづらいとは感じない。
五十鈴の手を借りず、一人前の大人になるという目標は折れかけているが、なんだかんだ毎日は華やかになっている。
あいつのおかげで、大切な野球を失ったのに、俺は明るく過ごせている。
……あれ?
気づいたらずっと五十鈴のことを考えている。
もう、あいつなしの学校生活なんて考えられないんじゃないか?
「――恭介先輩?」
ハッとした。
階段の下に五十鈴が立っていたのだ。
「よ、よう」
「声が震えてますよ」
「き、気のせいだ」
「そういうことにしておいてあげます」
五十鈴はクスクス笑う。
これだ。
この、清楚な雰囲気と小悪魔っぽさをあわせもつところに、俺は惹かれているのだ。しかも頭はいいし面倒見もいいときている。ウィークポイントは体が弱いことくらいだろう。
「今日はどこか行くのか」
「もう寄ってきましたし、特に考えていません。でも、よかったら自販機でなにか買っていきましょう」
「そうだな」
俺たちは靴を履き替え、校舎を外から回って渡り廊下へ向かう。
「ややっ、ベストカップル発見!」
石碑の陰に隠れる人影があった。
「おい、バレバレだぞ光崎」
「知ってる。わざとだよ」
何事もなかったかのように、デジカメを持った光崎が出てきた。
「しかしいいね。遠目からでも絵になる二人だなあ」
「あの、先輩……」
「こいつが新聞部の光崎な。取材対象にはしつこいから注意しろよ」
「人聞きの悪い。私は適切な取材を心がけているよ」
「マスコミはいつもそう言うんだ」
「ああいうのと一緒にしないで」
光崎はムッとした顔になる。一般的なマスコミのやり方には疑問があるのか。
「身長差があって、玉村さんがちょっとあとからついていく感じ、先輩と後輩って雰囲気がばっちりだよ。写真撮っていい?」
「お断りだ」
「わたしも嫌です」
「ちぇー」
光崎はカメラをスクールバッグにしまうと、
「ま、邪魔しちゃ悪いからこれで撤退しますよー」
と、校門のほうへ歩いていった。
俺たちはそのまま自販機の前まで移動する。
「盗撮されたら怖いな」
「そんなに良識のないことをする人ではないと思いますよ」
五十鈴はもう百円を自販機に入れている。買ったのは桃の天然水。
俺が続けてスポーツドリンクを買おうとすると、五十鈴が止めてきた。
「先輩、いつもスポーツドリンクなんですよね? 自販機のわたしのおすすめを試してほしいです」
「そうか? じゃあ任せる」
五十鈴が選んだのは抹茶ラテというやつだった。どれどれ……。
「うっ、これは堕落の味だ!」
「甘いでしょう?」
「甘すぎる! お前はいつもこういうの飲んでるのか?」
「たまにです。いつもだと胃がもたれてしまうので」
「……時々ならありかもしれないが」
こんなに糖分たっぷりの飲み物はメロンソーダ以来だ。
「先輩、さっき思いついたんですけど」
「今度はなんだ」
「写真、撮りませんか?」
「光崎のカメラに影響されたな?」
「バレましたか」
笑いながら、五十鈴がスマホを取り出す。
俺はちょっとためらったが、結局は五十鈴に近づいて、カメラに収まるようにした。
こういう突然の提案にも、俺は自然と乗っている。拒否しようとも思わない。
「先輩、ラテも入れてください」
「しょうがないな」
「はい、いきまーす」
パシャッと音がした。俺はすばやく体を離す。
「ありがとうございました。見ますか?」
「いや、怖いからいい。変な顔してそうで」
「ふふっ、先輩らしいです」
その時、五十鈴の携帯が鳴った。
「あ、大河原さんが来たみたいです。もう行かなきゃ」
「俺は飲みきってから行く。またな」
「ええ。また明日」
五十鈴が歩いていく。俺はその背中に――
「なあ、五十鈴」
「はい?」
「……いや、なんでもない」
「そうですか? では」
すぐに五十鈴の姿は見えなくなる。思わずため息をついた。
「まあ、雰囲気が必要だからな」
そんな風に、見えない誰かに向かって言い訳する俺だった。
†
「五十鈴様、やけに嬉しそうですね」
「ええ。今日はいいことがたくさんあったので」
「そうでしたか。最近、いつも楽しそうにされていて私も活力をいただいております」
「大河原さんったら大げさですよ」
五十鈴はじっと携帯の画面を見つめている。
自然と頬がゆるむ。笑顔がこぼれるのを止められない。
そこにはいつもの自分と、ちょっと硬い表情でペットボトルを見せている憧れの先輩の姿が映っているのだった。
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