6話 将来は独立したいんです
翌日、昼休みになった瞬間、玉村からメッセージが送られてきた。
〈東棟の横にあるベンチまで来てください〉
俺は守屋に一声かけて教室を出た。
玉村が、今日は弁当を持ってこなくていいと言っていた。そこからだいたい想像はつくのだが、はたして……。
†
「お疲れさまです、新海先輩」
玉村はもうベンチに座っていた。
東棟の脇にあるベンチ。日当たりが悪いのであまり使う奴はいない。
今日の玉村は蝶の飾りがついたカチューシャをつけていた。いつものでも充分お嬢様らしいが、飾りがつくとより高貴な感じを受ける。これは、狙う男子が多いというのも納得だ。
「先輩にお昼ご飯を作ってきました」
「ありがとう」
俺は横に座った。
「予想はついていましたか?」
「さすがにな。でも、どうして急に?」
「最近、わたしが誘って甘いものばかり食べさせてしまったので埋め合わせです」
律儀だな。
俺は白の弁当箱を受け取って開けてみた。
下段はご飯。
上段にはホウレンソウのおひたし、アスパラ炒めなど野菜中心の盛り合わせ。揚げ物は春巻きだけだ。
「肉……」
「あったほうがよかったですか?」
「いや、すまん。せっかく作ってもらったのに」
「先輩がどういうお昼を食べているのか知らなかったので、まずは野菜で攻めてみようかと思ったのですが……」
「嬉しいよ。俺のために作ってくれたんだもんな」
玉村は少しホッとした顔になった。
「肉はないですが、野菜の味付けは頑張ったつもりです」
「いただきます」
手を合わせて食べ始める。
アスパラ炒めは焦げもなくほどよい香ばしさがある。きんぴらごぼうはちょうど家に材料があったのだろうか? 噛むと味がしみ出してきてうまい。
「いいね。これだけでガンガンご飯が食える」
「よかったです」
ふと横を見ると、玉村は小さめのサンドイッチを二枚食べただけだった。そちらも自作っぽい。
「小食なんだな」
「ええ、全然入りません」
「それで午後は持つのか?」
「平気です。ずっとこれでやってきましたから」
日常生活にも制約が多いようだ。俺も右腕のしびれは続いていて、風呂でシャンプーを使う時が特にしんどい。互いにハンデを抱えているわけか。
「具合悪い時は無理して俺のことかまわなくていいからな」
「先輩に迷惑をかけるようなことはしませんよ」
「玉村は思ったより強情なところがあるから心配だ」
「芯が強いと言ってほしいですね」
「頑固とも言う」
「悪くなってる!」
「事実だろう。グイグイ来るのは俺に対してだけなのか?」
玉村は一瞬黙った。
「新海先輩以外とは、ほとんどお話もしませんから」
「クラスメイトの女子に仲のいい奴はいないんだっけ」
「わかっているなら訊かないでください」
「でも打ち解けたいとか言ってなかったか?」
「やはりわたしには難しいです」
「諦めが早すぎる……。もうちょっと勇気を出すんだ」
「時間が経ちすぎました。うちの学校、クラス替えがないでしょう?」
「そうだな」
「すると、スタートダッシュに失敗した人間は取り残されるんです。いまさら声をかけても『え、なに急に……』みたいな雰囲気になるに決まっています」
「そうかな。『あの玉村さんが話しかけてくれた!』ってなるかもしれないだろ」
「ははっ」
「鼻で笑うな」
危うくキレるところだった。
「すでに試してみたんです。そしたら腫れ物扱いみたいな感じにされました。あのいたたまれない空気はすごかったですね」
「体育とかどうするんだよ。二人組作るとかあるだろ?」
「わたし、体育は基本的に見学なのでそこは大丈夫です」
「なるほど……」
無理に運動して体を壊したら元も子もないからな。
こうやって、知らない相手のことを知れるのはなんだか楽しい。これがいわゆる、進展してる状態なのだろうか?
そういえば、玉村はどうして積極的に声をかけてくるのだろう。
確かに情けないところを見せた。それで放っておけなくなったのはたぶん本当なのだろう。
それでも、クラスメイトとも絡まない女子が俺にくっついてくるのは不思議だ。いつかは理由を教えてもらえるだろうか。
弁当箱を閉じて返す。
「ごちそうさま。うまかったよ」
「ありがとうございます。あの、一つお願いがあるんですけど」
「なんだ?」
「明日も作ってきていいですか?」
「……別にかまわないが」
玉村が笑顔になった。
「よかった。じゃあ明日のお昼休みもここに来てくださいね」
「いいけど……楽しいか?」
「はい。先輩のことを考えながらお弁当を作るのは楽しかったです」
「まるで俺のことが――」
言いかけて、やめた。
――まるで俺のことが好きみたいじゃないか。
別に止めるほどの言葉ではない。
なのに、なぜか言えなかった。
「どうしました?」
「なんでもない。無理して作る必要はないからな」
「大丈夫です! お料理は好きなので」
「家族に言い訳はできるのか? 二人分作るんだからなんか言われるだろう」
「仲のいい人にお試しで食べてもらっている、と言ってあります」
「そのうちバレそうだな」
「その時は正直に話しますよ。お父さんもお母さんもちゃんと話を聞いてくれる人ですから」
「父さんは社長なんだよな。母さんは?」
「父の会社で経理をやっています」
「じゃあお前も、将来的には玉村建設に入るのか」
「いいえ」
玉村は首を振って否定する。
「わたしは家を出て独立するつもりです。兄が会社を継ぐのでわたしは自由にさせてもらえそうですから」
兄さんがいるのか。また一つ玉村に詳しくなった。
「なにかやりたいことがあるんだな?」
「内緒です」
玉村は人差し指を唇に当てた。あざとい仕草だが、なぜか彼女がやると非常に絵になる。
「独立できるかは今年の頑張り次第ですね。来年の三月までには結論が出ると思います」
「そのとき卒業するのは俺だぞ。お前はもう一年ある」
「そうとも言いますね」
あいまいな言い方に、俺は首をかしげた。
「まあ、まだ三月まで時間はありますからゆっくりやっていきますよ」
「なにをしたいのか知らないが、頑張れよ」
玉村は弁当箱をしまうと、俺より先に立ち上がった。
「全力を尽くします」
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