5話 連絡先を交換した
「お前、最近後輩の女の子と仲良くしてるみたいだな?」
週明けの朝。
ホームルームが始まる前の教室で、俺は守屋に言われた。
「してるが、俺から声をかけたわけじゃないぞ」
「別に責めてねえよ」
守屋は相変わらず丸坊主だ。野球部は丸刈りが基本。俺もそうだったが、怪我からそろそろ一ヶ月が経つ。さすがに髪の毛も伸びてきた。
「片倉と同じクラスの子なんだろ? あいつが話してた」
「ああ、二年二組だ。病院で行き会って挨拶された。そのあとなんかつきまとわれるようになったな」
「美人か?」
「かなり美人だ。正直、男なんていくらでも落とせそうな感じがする」
「いいねぇ。早いとこものにしたほうがいいぜ」
「……怒らないのか?」
「なんで」
「みんな必死で練習してるのに、俺が恋愛にずぶずぶってのは……」
はあ、と守屋がため息をついた。
「お前の怪我は、チームがお前に頼りすぎたせいで起きたことなんだ。責任なんて感じるな。むしろ時間取られてたぶん自由に生きろ」
「そんなもんか」
「ああ。かわいい後輩とつきあえるなんて最高じゃねえか」
「……つきあうかどうかはわからない」
「お前、恋愛わからなそうだもんな」
返す言葉もなかった。
†
「あ、新海先輩!」
昼休み。俺を呼ぶのは男の声だ。
渡り廊下で行き会ったのは、二年生の片倉拓郎。後輩ピッチャーである。
俺よりやや低いくらいの身長で、やはり丸坊主。笑顔の純粋な明るい男だ。
「お久しぶりです。腕はどうっすか?」
「まともに上がらなくなっちまったな」
「ですか。先輩、俺がマウンド守るんで安心してください」
「頼むぜ。夏の大会は見に行くからさ」
「はい!」
ちょうどいい。片倉に訊いておこう。
「なあ、玉村五十鈴って知ってるか」
「同じクラスっすよ」
「クラスでの評判はどんな感じだ?」
「うーん、みんなちょっと距離置いてますかね」
「どうして?」
「ヤーさんの娘なんじゃって噂があって」
「マジで広がってるのか、その話」
「俺もちょろっと聞いただけっすけどね。でも狙ってる男子は多いみたいですよ」
「ほう」
「かわいいし穏やかっすから。俺は年上好きなんで対象外っすけど……先輩も玉村さん狙いで?」
「というか向こうが勝手に絡んでくる」
「うわ、めちゃうらやましい展開じゃないっすか。俺は全然ありだと思いますよ。どっしりした新海先輩とおしとやかな玉村さん。いい組み合わせです!」
ここで片倉が少し黙った。なんだろう?
「うーん、新海先輩が玉村さんとつきあったらベストな気がしますね」
「理由は?」
「玉村さんって高嶺の花なんすよ。で、新海先輩も女子からしたら手の届かないすごい人なんですね」
「俺の評価ってそんなに高かったのか」
「そりゃ、テレビや新聞でも取り上げられたことありますもん」
去年の夏の大会。俺は二年生エースとしてマウンドに上がり、ベスト8まで勝ち上がった。ローカルニュースでも俺の投球シーンは映ったし、地元新聞にも大きく写真が載った。
「過去の栄光だぞ」
「それでもです。とにかく俺が言いたいのは、孤高の二人がつきあったらみんな納得するよなってことっす。あの二人がつきあうんだったら素直に引き下がろうって空気になると思うんすよね」
「孤高は言い過ぎだ。別に、まだそんな関係じゃないし」
「これからしていけばいいじゃないっすか! 応援してます! なんなら野球部に応援するように根回ししときます!」
「やめてくれ」
そんなの恥ずかしすぎて死んでしまう。
「玉村さん、いつも一人なんで気になってはいたんすよね。先輩が仲良くなってあげてください」
「まあ、好きになれたらいいよな」
まるで他人事のような返事をしている俺であった。
†
「お昼休みにくしゃみが出たんですけど、誰かとわたしの話をしませんでしたか?」
「ナンノコトダカワカラナイ」
放課後、昇降口へ行くと、玉村五十鈴はもうそこで待っていた。
「先週、忘れてしまったことがあったんですよ」
「なんだ?」
「先輩と連絡先を交換し忘れたんです。そのせいで休日のお誘いができませんでした」
「俺は家でダラダラしたいんだが……」
「堕落は敵、と言っていませんでした?」
「うぐ」
適当なことを言ってごまかすべきではなかった。
「わかった。可能な範囲で出かけよう」
「ありがとうございます」
俺と玉村はアプリの連絡先を交換した。
玉村のアイコンはラブラドールレトリバーの成犬の写真だ。茶色と白の混じった毛色。
「これ、飼ってる犬か?」
「ええ。ラッキーと言います。相手は主にお母さんがしているんですけどね」
「散歩とか行かないのか?」
「わたしはすぐ息が上がってしまうので……」
定期的に通院してるくらいだもんな。
「ですが、餌はわたしが用意しているんですよ」
えへん、と玉村は得意そうにした。
「皿にあけるだけだろ?」
「て、適量をちゃんと入れるという重要な仕事です」
「計量カップでやるんだろ?」
「気持ちが大切なんです」
「ふーん……」
じっと玉村を見つめてやると、生白い顔がどんどん赤くなっていった。
「どうせたいしたことはできませんよ……」
ふいっとそっぽを向かれる。すねてしまった。
「待て待て、ちょっとからかっただけじゃないか。落ち込むな」
「お、落ち込んでなんかいません」
「計量カップに餌を入れるのは大切な仕事だ」
「ま、まだからかう気満々じゃないですかっ!」
「いや、お前のリアクションが思ったよりいいからつい」
「許しません」
「許されないとどうなるんだ」
「…………」
玉村は腕を組んだ。厳しい表情である。
「しりません。なにか起きるんじゃないですか」
やけっぱちになってやがる。
「慌てると言葉が出てこないタイプらしいな」
「……会話の少ない人生を送ってきました……」
玉村は少し元気のなくなった顔でスマホをいじった。俺のスマホが振動する。
〈お返しに今日はメッセージ責めにしてあげます〉
うわっ、めんどくさっ。
返信の文章に迷っていると、ウサギが「たのしみ!」と笑顔を見せているスタンプが何個もタイムラインを流れていく。
〈やめなさい〉
俺が返信すると、玉村が「ふふっ」と笑った。
「先生みたいなことを言うんですね」
「お前がスタンプ連打するからだ。ほどほどにしておけ」
「先輩がわたしをからかうからいけないんですよ」
「お互い様だ。しつこくしたら既読スルーしてやる」
「か弱い女子になんという仕打ち」
「メッセージに体力は関係ないね」
話しながら、不思議だ……と俺は感じた。
我ながらけっこうきついことを言っている気がするのだが、玉村ならわかってくれるという安心感がどこかにあるのだ。小柄な女子だが、余裕というか包容力というか、懐の深さを感じる。
「そろそろ帰るつもりなんだが、今日はどこにも出かけないんだな」
「ええ。ですが、メッセージはチェックしてくださいね」
「わかった」
俺たちはその場で別れた。
帰り道を歩きながら、せめて見送るくらいはするべきだったかな、と思った。
†
その日の夜。
さっそく玉村からメッセージが送られてきた。
〈明日、お弁当を持たずに学校に来てもらえませんか?〉
謎の内容。
とはいえ、ふざけて言っているわけではないだろう。
俺は母さんに、明日は弁当作らなくていいからと伝えておいた。
さて、一体なにが起きるやら。
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