第34話 妹の誕生日⑤

 帰り道の想夜歌は、いやに静かだった。自転車の後ろでぬいぐるみを抱えて口をつぐんでいる。

 せっかく会えたのに、母さんと離れるのが寂しいのだろうか。母さんの前ではそんなそぶり、一切見せなかった。


 俺と二人じゃ不満なんて、悲しい!


 そろそろ帰宅することを瑞貴に連絡した。


「想夜歌、帰ったら良い事があるぞ」

「いいこと?」

「そうだ」

「もしかして、パパも!?」


 うっ、と俺は言葉に詰まる。

 あの人は海外赴任中だ。年に一回顔を見せれば良い方だからな……。想夜歌と会ったのはほんの数回だけだ。それでも、想夜歌は父親という存在に憧れている節がある。


 若干気まずい空気になりながら、家に着いた。


 帰っても誰もいない寂しい家――ではない。

 靴を脱ぎ、リビングの扉を開けた。


「想夜歌ちゃん、誕生日おめでとー!」


 柊の明るい声を皮切りに「おめでとう!」という声がいくつも上がった。続いて、クラッカーが鳴り響いた。俺もカバンに忍ばせてあったクラッカーを掲げ、紐を引いた。


「え? え?」


 ぽかんと口を開ける想夜歌の背中を押す。中にいるのは響汰と瑞貴、そして暁山と朔だ。

 部屋は色とりどりに装飾されており、正面の壁には大きく『ハッピーバースデー』の文字が折り紙かなにかで描かれている。


 朔が想夜歌の前に駆け寄ってきて、手を取った。


「そよかちゃん、おいで」

「う、うん」


 思わぬイケメンっぷりに、想夜歌が頬を赤らめる。ふっ、今日だけは許してやろう。朔は幼稚園でも仲良くしてくれているからな。


 想夜歌が潤んだ目で俺を見た。


「お兄ちゃん……」

「今年の誕生日は盛大だぞ。良かったな」

「うん!」


 ああ、良かった。

 想夜歌の顔に陰りはなくなった。


 柊と瑞貴が、微笑を浮かべて見守る。

 朔と想夜歌は隣り合って座った。テーブルにはスポンジに生クリームを塗っただけの簡素なケーキがある。


「想夜歌ちゃん、これ私が作ったんだよ~。イチゴ乗せたら完成だから、はい」

「おお~。そぉか、ケーキつくる!」


 切り分けられたイチゴを、ひとつひとつ配置していく。

 なるほど、出来あいのケーキではなく想夜歌も参加させるのか……考えたな。


 思えば、柊ともだいぶ仲良くなったと思う。まあ瑞貴狙いなんだろうけど、想夜歌と朔を見る目は完全に母親のそれだ。意外と、良いお母さんになるかもな。


「すみちゃんもやる?」

「え、いやその……私にできるかしら?」

「はい、いっこ」


 暁山よ、いくら料理ができないからってイチゴ乗せるくらいは大丈夫だろう。

 暁山は恐る恐るイチゴを摘まみ、ケーキに近づく。震える手で端の方に置いた。不器用すぎて少しめり込んでいる。


「ふう、余裕ね」


 暁山はそう言って額を拭った。


「澄ってこんな子だったっけ」

「あはは、暁山ちゃんって学校より外の方が面白いよね」


 想夜歌と朔が協力してケーキを完成させると、いよいよ誕生日会だ。ロウソクを四本刺し、火を点ける。部屋の電気を消し、みんなで改めて祝ったあと、想夜歌が勢いよく吹き消した。


 想夜歌は既に満面の笑みで、こっちまで嬉しくなる。

 ケーキの他に、柊が作ってきてくれたというマカロンや、瑞貴が買ってきたチョコレート、暁山が作ってきたクッキーが並ぶ。


「待て、お前が作っただと?」

「ええ、麻帆に教わったのよ」

「……すまん、誕生日にトラウマを植え付けたくはない」


 疑いの目を向ける俺に暁山は頬を膨らませる。朔が「きょうた兄ちゃん、ぼくがあじみしたから大丈夫」と助け船を出した。朔が言うなら安心だな。


 俺たちが食べるには些か甘すぎるラインナップだが、想夜歌は美味しそうに平らげた。

 六人で食卓を囲む光景は、この家じゃまず見られないものだ。それだけで、この誕生日会を開いた価値があるというもの。


 散々はしゃいだ後は、いよいよプレゼントだ。先陣を切ったのは柊で、別室に想夜歌を連れて行くと数分した後に戻ってきた。


「じゃーん、私からのプレゼントは服でーす」

「か、可愛すぎる! よくやったぞ、柊」

「謎の上から目線」


 昨日デパートで試着した服だ。想夜歌も気に入ったようで、くりとその場で回った。


「次は俺から。はい、香水だよ」

「こうすい……! なんかおとな!」

「想夜歌ちゃんはもう四歳だからね」


 瑞貴のイケメンスマイル。うさんくせぇ。だめだぞ想夜歌、こういうのに騙されたら!

 想夜歌はキラキラした目で香水と瑞貴の顔を交互に見る。香水と言っても子ども用の、可愛らしいデザインのものだ。もちろん安全面も配慮されている。その辺、瑞貴は抜け目ないからな。


「私からは絵本よ。響汰に読んでもらって」

「あいとー!」


 おお、暁山らしいチョイスだ。想夜歌は両手にプレゼントを抱えて飛び跳ねている。

 続いて朔が包みを持って照れたように顔を伏せた。それでも、目だけはまっすぐ想夜歌を見つめている。


 だが、もじもじとするだけでプレゼントを渡さない。

 暁山がしゃがみ込んで、柔らかい表情で朔の背中を押した。


「朔、頑張って選んだものね。大丈夫、喜んでもらえるわ」

「うん……!」


 俺は想夜歌からプレゼントを一回預かって、机に置く。持ちきれないからな。

 朔はゆっくり丁寧に、プレゼントを想夜歌に渡した。

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