第32話 妹の誕生日③

「想夜歌ちゃーん! 今日も可愛いね! あたしのこと覚えてる?」

「ぐみ!」

「正解! はい、グミあげる。朔君もどうぞ」

「あいとー!」「……ありがとう」


 全然正解じゃないと思う。

 カラオケ、そして先日の公園と、想夜歌に会うたびにグミを渡していた柊は、グミをくれるお姉さんとして認識されているようである。

 果物の形をしたグミを食べて、想夜歌はご機嫌だ。我が妹ながらちょろすぎる。そんな簡単に懐いちゃいけません!


 柊は派手でオシャレだから、女の子としては憧れるのかもしれない。

 朔も頭を撫でられて照れている。姉が柊の手を叩き落とした。


「麻帆、朔にベタベタしないでちょうだい」

「こわっ」


 柊がすすすっと距離を取った。暁山が発する氷点下の視線は、柊すらも撃退するのか……!


 暁山とは違うタイプの美人で、短いスカートや二つほどボタンを開けたブラウスなど色々際どいところがある柊に撫でられ、朔はちょっと顔を赤くしている。うんうん、男の子だもんな。姉より二回りくらい大きい胸元にも夢中だ。あ、姉によって無理やり視線を外された。


 想夜歌の誕生日を翌日に控えた今日、柊の発案によって俺たちはデパートに来ていた。キッズスマホを契約したデパートだ。

 それとなく想夜歌の欲しいものを探りつつ、明日のために少しでも子どもたちと仲良くなりたいのだと言う。瑞貴は部活なので、ここにいるのは五人だけだ。


「よーし、ちゃんとまほお姉ちゃんについてくるんだよー」

「想夜歌、知らないおばさんについていっちゃいけません」

「誰がおばさんよ!」

「想夜歌からしたらおばさんだろ!」

「え、まじのロリコンじゃん」


 柊はドン引きした顔で想夜歌に「あの人危ないからお姉ちゃんと逃げよ?」と諭している。

 妹よ、元気に頷いて手を取らないでくれ。兄離れが早すぎてお兄ちゃん泣いちゃう。


 平日の夕方とはいえ、デパートはかなり混雑していた。幼稚園児二人と高校生三人、それも全員制服姿という奇妙な組み合わせに時折視線を向けられる。

 最初の目的地は子供服売り場だ。男の俺には女の子の好む服なんて分からないから、正直助かる。特に柊なら間違いないだろう。


「おようふく、たくさん」

「私が最高に可愛くしてあげるからねー」


 子供服って意外とバリエーションあるんだよな。

 特に女の子の服は品揃え豊かだ。すぐ着られなくなることが前提だから、値段もリーズナブルなものが多い。


「よし想夜歌、俺が最高に可愛い服を選んであげよう。おっ、これなんかどうだ? ピンクだしフリルが付いてるぞ! おっ、これなんか天使の羽がついていて想夜歌にぴったりだ。あとこれも……」

「お兄ちゃんうるさい」

「うわぁ、くれもっちゃんセンスゼロ」

「最悪ね」

「はい」


 一度に三人の女性から罵倒されることなんてある?


 すごすごと引き下がった俺は、壁に寄りかかって膝を抱えた。

 うう、お兄ちゃんはもういらないってことなのか……。


「きょうた兄ちゃん……げんきだして……」

「朔……!」


 朔が隣に座って頭を撫でてくれた。なんていい子!

 女性陣がわいわい服を選んでいる間、俺は朔と共に友情を育んでいた。さしずめ無力同盟。あとで男の子が大好きなおもちゃ屋に行こうな!


 柊と暁山は服を何着か見繕うと、想夜歌と一緒に試着室に入っていった。

 中からきゃっきゃと黄色い声が聞こえてくる。想夜歌の楽しそうな声に、自然と頬が緩んだ。隣で引きつった笑みを浮かべている朔よ、別に試着室の中を妄想してにやけているわけではないぞ。


 想夜歌にとって、お姉さんたちと服を選ぶというのは得難い経験だ。いつもは俺と買いに来ているが、どうしても感性が合わない。

 それは本来、母親の役目なのだろう。しかし、母さんが想夜歌と買い物に出かけたことなど、数えるほどしかない。もし母さんと服を選ぶ機会があったら、今日のようにああでもない、こうでもないと言いながら服を選んだのだろうか。

 俺では代わりになれないことが悔しい。今日だけでも母親の役目を担ってくれる二人に感謝だ。


「くれもっちゃん、たいへん」

「ど、どうした!? 想夜歌になにか……」

「あたし、この世に天使を生み出してしまったかもしれない!」


 がばっ、と勢い良く開けられた試着室のカーテン。

 その奥から現れたのは、腰に手を当てて胸を張る想夜歌だ。


「じゃじゃじゃじゃーん」という、機嫌の良い想夜歌の声。


 言葉が出なかった。

 白いスカートに、ベージュの半袖シャツ。どちらもシースルーになっていて、子どもの可愛さと大人っぽさが同居している。

 か、かわいすぎる!


 俺は無言で駆け寄って、抱きあげた。


「むぐ、くるちい」

「さすが想夜歌だ! 可愛い!」


 柊よ、なかなかやるな。

 その後、靴や帽子など色々物色したが、何も買わずに帰宅した。と見せかけて柊がこっそり購入するのだが。


 想夜歌は特に欲しいと騒ぐことはなかった。子どもは意外と察しが良いからな。


 明日はついに誕生日だ。

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