第30話 妹の誕生日①

 朝から雨が降っていると、気持ちまで暗くなる。


 いや、気分が沈んでいるのは天気のせいだけじゃない。俺は机に突っ伏して、深くため息を付いた。湿ったズボンの裾が気持ち悪い。


「響汰がテンション低いなんて珍しいね」

「想夜歌ちゃんと喧嘩でもしたんじゃない? くれもっちゃんが落ち込むことなんてそれくらいでしょ」


 柊がスマホを片手に、鋭いことを言う。

 喧嘩したわけではないが、別れ際の想夜歌の顔が忘れられないのだ。涙をこらえてきゅっと口を結ぶその横顔が、瞼の裏で何度も再生される。

 いっそ、誕生日が特別な日であることを教えない方が幸せだったのではないか、そんな考えすらも浮かぶ。去年の誕生日も母さんはいなかったから、俺が一人で盛大に祝ったものだ。

 一つずつ大人に向けて歳を重ねていく大切な日は、やはり大事にしてあげたい。楽しい気持ちで迎えて欲しいのだ。でも、どうしたらいいか分からない。


「なあ、やっぱ誕生日って親に祝ってもらいたいものだよな?」

「あー……響汰はどうだったの?」

「俺の時は、いないのが当たり前だったからな。特に何も感じてなかったよ。朝起きたらテーブルの上に封筒が置いてあって、好きな物買っていいよって書置きがあるだけ」


 俺にとっての誕生日は、普段と変わらない一日だった。お小遣いにしたって、普段から生活費と称してお金は受け取っていたから、その額が少し増えたくらいの認識だ。

 友達の話を聞いて羨ましく思ったこともある。しかし同時に、諦観していたように思う。


 想夜歌くらいの年齢の時はどうだったか。さすがに覚えていないが、母さんが本格的に仕事に戻ったのは、俺が小学校に上がって一人でも生活できるようになってからだったはずだ。幼稚園の頃は、もしかしたら祝ってもらえていたのかもしれない。


「うーん、難しいね。今となっては誕生日なんて大したイベントじゃないけど、子どもの時ははしゃいでいた気がするなぁ」


 去年、瑞貴の誕生日には女子から大量のプレゼントが届いていたが、あれを大したイベントじゃないと言ってのけるのはさすがである。女性陣からしたら、どう見ても一大イベントだった。


「あたしは誕生日好きだったよ。毎年、材料買ってきてママと一緒にケーキ作ってたんだー」


 ケーキ作りか。去年はケーキ屋で選んだけど、今年は想夜歌と一緒に作るのもアリだな。また一つ、想夜歌の才能が開花する予感がする……!

 あいにく俺も作り方は分からないが、何もスポンジを焼くところから始めるわけではない。生クリームとフルーツを盛りつければ、それなりにはなるだろう。


「お菓子作りが趣味なのってそこから?」

「どーだろ。でも、関係あるかも」

「ということは、今から教えれば将来想夜歌がお菓子を作ってくれるかもしれない!!」


 それは素晴らしい未来だ。

 母さんが来られないという問題は何一つ解決しちゃいないが、楽しいことがあれば少しは気がまぎれると思う。俺は母親にはなれない。ならせめて、俺のできることで埋め合わせをしたい。


 呆れたように目を細める柊が突然、あっ、と声を上げて両手をぱちんと合わせた。


「ていうか、想夜歌ちゃんの誕生日っていつなの?」

「今週の土曜日」

「丁度いいじゃんっ! じゃあさ、みんなで想夜歌ちゃんのお誕生日会やろうよ!」


 お誕生日会。

 そうか、それは考えていなかった。


 幼稚園児ともなれば、友達を招待して誕生日会を開くこともあると聞く。人数が増えれば、それだけ楽しい誕生日になるはずだ。


「いいね。俺も部活は休みだし、参加させてもらうよ」

「やったっ! じゃあ決定ね。澄も誘ってこよーっと」


 瑞貴が乗り気になったことで、とんとん拍子で話が進んでいく。暁山も参加を表明し、ヤル気を出した柊が企画を取りまとめた。想夜歌と仲が良い朔も来るので、有難い。


 誕生日当日の土曜日、俺の家でお誕生日会が開かれることになった。

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