第25話 母の日SS
来週にテストを控えた、とある金曜日のこと。
いつものように幼稚園へ想夜歌を迎えに行くと、何やら紙袋を大事そうに抱えていた。普段使いのレッスンバッグは無造作に置かれている。
「ん? なんだ、それ?」
「なんでもない」
「そうかい」
先生に目を向けても、微笑を浮かべるだけで教えてくれない。
俺に隠し事だなんて……。いや、女の子だから言いたくないこともあるだろう。あんまりしつこく聞いて嫌われたくない。でも気になる。
自転車の載せる時、籠に入れようと手を伸ばすと「いや!」と思いっきり拒絶されてしまった。
赤いレッスンバッグは俺に持たせているくせに、紙袋だけは大事に抱えて放そうとしない。子どもってよく分からないところで頑固になるよな。
「落とすなよ」
「まかしぇろ」
自宅に到着しても、想夜歌の奇行は続いた。
「お兄ちゃんはすわってて!」
「いやでも」
「すわるの!」
ソファに引っ張られ、無理矢理座らされた。
キッチンに向かった想夜歌は踏み台に乗って、プラスチックのコップに水を入れて俺に渡した。
隣に座って、じーっと眺めてくる。
「のんで」
「おう? ありがとう」
「おなかすいた?」
「いや、あんまり」
「むう」
くるくると忙しく動きながら、部屋のあちこちを散らかす。いや、よく見ると家事をしているようだ。掃除機も洗濯物も地面に転がっているけど。
動こうとすると、想夜歌に怒られた。
たまに戻ってきては「はい、くっきー」「くつしたぬいで!」「うごいちゃだめだよ」と指示してから家事に戻る。もしかして、お兄ちゃんのことボケ老人だと思ってます……? 幼稚園で介護のビデオでも見た?
一通り散らかして満足したのか、想夜歌が俺の膝の上に座った。
「おわった!」
「うん。たのしかったか?」
「むう……そぉか、おそうじしたの!」
「掃除してたのか。ありがとう」
「うん!」
怒っていたかと思えば、今度は満面の笑みだ。ニマニマしながら膝から降りて、カーテンの裏に隠してあった紙袋を取り出した。
いそいそと取り出したのは、折り紙で作った何かと画用紙?
「お兄ちゃんいつも、あいとー!」
困惑しながらそれを受け取る。
期待を込めた上目遣いが可愛い。
折り紙の方は、赤い花束、か?
続いて画用紙に目を移して、理解した。同時に、涙が溢れてくる。
「えっ、えっ。お兄ちゃん、やだった?」
「違う。違うよ想夜歌」
たまらず、想夜歌を引き寄せて抱きしめた。それはもう、全力で。
画用紙に描かれていたのは俺の似顔絵と『おにいちゃんいつもありがとう』という拙い文字。絵もめちゃくちゃで、見ながら写したであろう練習中のひらがなもところどころ間違っている。でも、想夜歌の真っすぐな気持ちが伝わってきた。
「くるちい」
「ありがとうな、想夜歌」
そうか、今週末は母の日か。
昨今の状況から母とは限定せず、お世話になった人に感謝を伝えましょう、みたいなイベントなのかもしれない。
涙が止まらない。もちろん、うれし涙だ。
似顔絵を汚す前に永久保存しないと。
ちょっと抜けているところはあるけど、優しい子になってくれた。
「想夜歌、大好きだ!」
「そぉかもだいすきだよ!」
うちの妹が可愛すぎる。暁山に自慢してやろう。
週明けは、どちらの方が嬉しかったか、という不毛な言い争いをした。
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