第24話 妹と遠足!④

 木漏れ日の下、レジャーシートを広げ妹と弁当を食べる。幸せな時間だ。

 想夜歌も小さな手で一生懸命食べて、満面の笑みを浮かべている。


「うまっうまっ」

「ゆっくり食えよ」

「そぉか、ぜんぶたべる。お兄ちゃんのぶんなし」


 外で食べる飯って、なんでか美味いんだよな。

 想夜歌は幼稚園に入って初めての遠足で、友達と一緒っていうのが楽しくて仕方ないんだろう。


 だが、楽しい時間は唐突に終わりを告げる。


「まあまあ! なんてみすぼらしいお弁当なのかしら!」


 ボスママの到来だ。


 たまたま座る位置が近いのは把握していたけど、知らないふりをしていたのだ。なのに、相手から絡みに来てしまった。暁山が露骨に不快そうな顔をし、子どもたちはきょとんとボスママを見上げた。


 彼女は取り巻きたちとレジャーシートに座ったまあ、これ見よがしに自分の弁当を持ち上げた。

 たしかに、豪華なお弁当だ。あえて粗を探すなら外で食べるにしては具材が大きく食べづらそうだが、高級そうな食材がいくつも並んでいる。おせちか? ってくらい種類が多い。


「バスでのこと、まだ根に持っていたのかしら」

「かもな」


 若い相手を目の敵にしている節がある。彼女の取り巻きも、多くが複数人の子どもがいそうな年齢だった。幼稚園児の親と言っても、その年齢はばらつきがある。俺の母さんだって四十近いしな。


「遠足のお弁当は家の差がでるものね! そんな安っぽいお弁当だなんて、ほんと子どもが可哀そうだわ!」

「おいしーよ?」

「まあ! 子どもにお世辞を言わせるなんて」


 想夜歌は何を言われているのかよく分かってない様子で、気にせず口をもぐもぐ動かした。呑気だなぁ。それを見て、なんだか気が抜けた。


「そちらのお弁当は豪華ですね」

「これでも値段を抑えたのよ? あんまり良いものを持っていっては、他のお家に失礼でしょう? なのに、ふふ。こんなに差があるとは思わなかったわ」

「はぁ。まあ良いんじゃないですかね」


 正直面倒になってきたな。

 俺は他からどう言われようと、想夜歌に喜んでもらえたなら満足だ。ところで、弁当の中身がどう見ても既製品しかないことについてはどう応えるのか気になるな。疲れたからわざわざ突っ込まないけど。


 暁山は怖がって抱き着いた朔を慰めながら、ボスママを睨みつけた。


「あら、やだやだ。育ちが悪いと目つきも悪くなるのね。きちんと教育するのが母親の役目なのに!」

「私の母は立派な人です。訂正してください」


 凛とした表情で言い放った。暁山の低い声は耳の奥までよく届く。

 結構怒ってるな……。暁山にとって、母親は女手一つで育ててくれた大切な相手だ。見ず知らずの人に侮辱される謂れはない。朔も同じなようで、委縮しながらもしっかりと意思を籠めた目でボスママを見た。


 威勢を削がれたボスママは、咳払いをして自分の息子の手を引いた。

 想夜歌が特に反応しないところを見ると、別の組の子なのだろうか。全部で三組あるから、入園から二ヶ月弱では知らない子も多い。親は組関係なく押し込まれたから知らなかった。


「ふ、ふん。うちの子はきちんと教育しているから、しっかりしているのよ! お受験も考えているし、あなたたちとは違うんだから」


 俺たちの視線が、その男の子に集まる。親の態度はあんまりだが、子どもまで悪いとは考えたくない。しかし子どもというのは往々にして、親の影響を強く受ける。普段の親の行動をよく見ていて、真似してしまったり、それが常識だと思ってしまうことがよくあるのだ。俺も想夜歌の前では色々言動に気を付けている。


 男の子が、俺たちのシートまでてくてくと歩いてきた。周囲に緊張が走る。

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべているのはボスママと取り巻きたちだ。彼女たちに囲まれている子どもたちはつまらなそうにぼーっとしている。


 ここで空気を読まないのが、うちの妹である。


「たべる?」

「まあ! うちの子に安いご飯を!」

「たべる!!」


 ボスママの言葉を遮って、男の子がぱっと花を咲かせた。想夜歌が小さく切ったハンバーグに楊枝を刺して手渡した。続いて、朔が暁山の玉子焼きをあげた。

 男の子はためらいなく、それらを食べる。


 ボスママは震える声で我が子の名前を繰り返し呼んだ。身体が重たいのかすぐには立ち上がらず、少し浮かせるだけだ。


「そんな物食べちゃだめよ! ほら、こっちのお弁当を食べなさい?」

「おいしいね!」

「あたりまえ。お兄ちゃんはそぉかとおなじくらいてんさい」


 朔も「こんかいはおいしいよ……!」と褒めてるのか貶しているのか分からない言葉で胸を張った。暁山の微妙な顔が面白い。


「ほら、せっかく高級なお弁当を持ってきたんだから!」

「でもそれ……ママがつくったわけじゃないじゃん」

「そ、それは!」

「いいなー、てづくりのごはん。ママなにもつくってくれないもん」


 ボスママのお弁当は、明らかにプロの仕事だ。彼女がそのくらいの腕を持っている可能性もあったが。

 取り巻きたちには手作りだと喧伝していたのか、白けた目を向けられている。


「良い物を入れて何が悪いの! 共働きしないと生活できないお家とは違うのよ!」


 怒りを通り越して呆れ顔になった暁山が口を開く。


「えっと……一応聞きますが、お家では料理されているんですよね?」

「するわけないじゃない」」

「……ちなみに家事は」

「二日に一回、家政婦さんを呼んでいるわ! まあ、あなたたちには縁のない話だと思うけれど!」


 先ほどご高説いただいた母親の義務とやらはどこに行ったのだろうか。

 うちの母さんでも時間が空けば家事をするというのに。


 息子の方はいい子に育ったようで、さっそく想夜歌と朔に混ざって遊び始めた。お父様が良い人なのかもしれない。子どもに罪はないから、ほんと良かった。


「あのねえ! 夫はあなたたちの親と違って一流企業の役員なんだから!」


 別に自分の功績ではないのに自慢してきたその名は、なるほど、たしかに誰もが知る企業だった。お金に困っていないというのは真実のようだが、それで子どもが幸せかどうかは別問題に感じる。

 息子までこっちに付いて引っ込みがつかなくなったボスママは、ついに夫の職場の名前まで出してマウントを取ってきた。取り巻きたちは口々に褒め称える。


「あれ、おばさんの旦那さん、うちの社員だったの? なんだ、早く言ってよ~」

「姐さん!」


 神谷姐さんが顔を出した。


「お世話になってるから挨拶しないと…………あ、もしもしパパ? 今大丈夫? あのね」


 状況が呑み込めず、全員がきょとんと神谷さんを見つめる。

 うちの社員? パパ?


 彼女が電話を切って、にっこりと笑った。


「あなたの旦那さん、とっても優秀だってパパ褒めてたよー。女を見る目はなかったみたいだね」

「え……? あの、神谷ってまさか」

「アタシのパパ、社長だから」


 神谷さんがそう言ったとほぼ同時に、ボスママのスマホが鳴り響いた。

 慌てて始めた通話の音声から、旦那さんが大層慌てて電話してきたことが分かる。くれぐれも仲良くしろよ! という怒声が聞こえてきた。


「ま、このくらいで許してやってよ。響汰、澄」


 姐さんにマジで惚れそう。


 逃げるように離れて行ったボスママはそれ以降絡んでくることはなく、遠足はつつがなく終わった。

 お菓子の袋を持って交換会に繰り出していった想夜歌がわらしべ長者で財産を築くという謎の才能を見せていたが、それも帰るころには食べきっていた。太るぞ……。


 自転車の後ろで船を漕ぐ想夜歌の重みを感じながら、夕焼けに目を細めた。


 いろいろあったけど、楽しかったな。

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