第23話 妹と遠足!③

 バスから降りる時も、ボスママは俺たちを睨みつけていた。


「神谷さん、ごめんなさい。俺たちのせいで」

「私からも、すみません」

「えー? 別にアタシがムカついただけだから気にしなくていいよ」


 神谷さんの娘は、想夜歌と同じ組らしい。想夜歌の口から何度か聞いた名前だった。

 若くて綺麗なお姉さんだ。女の子からしたら、自慢のお母さんだろうな。

 身長も高くて、少し焼けた健康的な肌と金髪は男から見ても『カッコイイ』と思わされる。


 神谷さんはこう言ってくれるけど、元々俺たちが絡まれていたんだ。完全に巻き込んでしまった形になる。


「でもやっぱり、ママ友同士って色々難しいんじゃないんですか?」

「ああー……あのおばさんは結構顔広いからね。ちょっとめんどーかも。ま、気にしてもしゃーないって! アタシからしたら響汰と澄の方が可愛いもん。年も近いし、なんかあったら頼りなー」

「姐さん……ありがとうございます!」

「なにその呼び方」


 神谷さんは弾けるように笑った。惚れそう……。

 暁山が真面目な顔で「私も姐さんと呼んだ方がいいのかしら」なんて言い出すものだから、また噴き出した。よく笑う人だ。


「ほら、子どもたちが待ってるよ。親同士のことで子どもに迷惑かけるとか、カッコ悪いっしょ」


 ほらほら、と俺たちの背中を押した。


 そうだ。今日は想夜歌との遠足だ。精一杯楽しまなければ! 写真もたくさん撮るぞ。

 朝から嫌な気持ちになったが、子どもたちには関係ない。


「お兄ちゃん、たいへん」

「なに、どうした想夜歌!」

「おなかすいた。はやくおべんとー」

「我慢しろ」


 想夜歌はむう、と頬を膨らませる。平和だ。

 親子遠足は、最初に広場でレクリエーションをやった後に昼食、午後は自由行動になる。子ども向けのちょっとしたゲームや歌など、まあわちゃわちゃしているだけだったけど楽しそうで良かった。親御さんたちは皆、ひたすら写真を取りまくっていた。


「朔が女に囲まれているわ……なんてこと、私と結婚するんじゃなかったのかしら。やっぱり男の子は若い子が好きなのね」

「想夜歌! 気軽に手を握るんじゃない。勘違いされるだろ」

「朔が変な女に捕まらないように、きちんと教育する必要があるわね」

「あっ、今の笑顔可愛い」


 俺達がうるさいのはいつものことである。


 親子で行うゲームもあった。組を二つに分けた綱引きだ。


「お兄ちゃん、ぜったいかってね!」

「今この瞬間勝利が確定した」

「ぜったいだよ!」


 ふっ、想夜歌に頼まれて負けるわけないじゃないか。

 暁山は敵チームか。朔には悪いがここは勝たせてもらおう。


 綱引きは勢いはもちろんのこと、チームワークも大切だ。想夜歌のカリスマ性をもってすれば、息を合わせることなど造作もない。


 開始の合図と同時に、親と子が一斉に縄を引いた。

 そして、負けた。


「……ひっぐ」

「ご、ごめんよ想夜歌。お兄ちゃんが不甲斐ないせいで……」

「お兄ちゃん、かつっていったのに。まけたら、ちきゅうめつぼう……」

「そ、そんな重荷を背負ってたのか!?」


 いつの間にか想夜歌に人類の未来が賭かっていたらしい。

 綱引きに負けて大層落ち込んでいた想夜歌だが、次のゲームが始まるころには元気になっていた。


「ふふ、朔の勝ちね」

「くっ……」


 勝ち誇る暁山が鬱陶しい。朔は決して驕らず想夜歌を慰めていたというのに、この姉は容赦なく自慢してくる。何も言い返せない。


 レクリエーションが終われば、ピクニックだ。広場の中ならどこで食べてもいいので、実質的な自由時間となる。とはいえ、子どもたちはやはり一緒に食べたいようで、自然と近い場所にレジャーシートを敷いた。


 もはや当たり前のように、暁山と一緒に座る。まあ、ママ友だからな。

 想夜歌のためには他のママさんたちとも交流した方がいいのだろうか。正直、俺も暁山もそういうのは得意ではない。なんとなく助けを求めて神谷さんを探せば、比較的若いママさんたちのグループで集まっていた。


「おべんとおべんと……わぁ!」


 俺が作って来た弁当を開くと、想夜歌が口に手を当てて喜んでくれた。そんなに良い反応をしてくれるとは、作った甲斐があった。彩にも味にも拘った、最高の弁当だと自負している。今日は特別な日だから、想夜歌の好きな物ばかりだ。イチゴも入ってるぞ。


 一抹の不安を覚えて暁山を見る。


「母が作ったわ」

「……良かったな、朔」

「うん!」


 朔の思い出がまずい弁当にならなくて本当に良かった……。不満そうな暁山は、料理を練習してくれ。


「おお、お前の母さん、料理上手なんだな」

「……なんで母が上手なのに私ができないのか、と言いたげね」

「言ってねぇよ」


 まあ人には向き不向きがあるからな、うん。

 食べ終わったら捨てられるよう、紙の弁当箱で持ってきた。おかずに爪楊枝を刺して、想夜歌に渡す。ご飯は別で、おにぎりを作って来た。


「おいしー! お兄ちゃんてんさい。さくもたべる?」

「いる。そよかちゃんもあげる」

「あいとー!」


 仲が良くてなにより。

 それにしても、暁山の弁当は本当に美味しそうだ。俺の弁当は男料理の域を出ていないが、彼女のそれは料理人もかくやという出来栄えである。


 今後の参考のためにじっと見ていると、暁山がそっと差し出してきた。


「食べる?」

「いいのか? じゃあこの玉子焼きを貰おうかな」


 びくっ、と暁山の肩が跳ねる。

 爪楊枝で一つ頂いた。見た目も綺麗だし、卵の風味と丁度いい甘さがマッチしてとても美味しい。子どもも大人も絶対好きなやつだ。聞いたらレシピを教えて貰えるだろうか。


「ど、どうかしら」

「めちゃくちゃ美味い」

「そ、そう? それは良かったわ」


 暁山が少し頬を染めて、そっぽを向いた。


「なんでお前が照れてるんだよ」

「玉子焼きは私が作ったの」

「は!?」

「いえ、味付けは母がしたのよ。私は焼いただけで、しかも何度か失敗して朝からたくさん食べたわ。なんとか時間ギリギリに上手くいったのだけれど、本当に難しくて。母が根気強く教えてくれたから、その」


 玉子焼きは同じレシピでも火加減や巻くタイミングで味が大きく変わる。

 無意識のうちに、もう一つ口に運んでいた。咀嚼する様子を、暁山が顔を強張らせて見つめる。


「美味い。焼き加減も完璧だ」

「そう……あ、当たり前よ」


 威張るなら口元の緩みを抑えてからにした方が良いと思う。不覚にも可愛いと思ってしまった。

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