第22話 妹と遠足!②

 突然糾弾され、眉を顰める。

 年齢は四十代前半だろうか。幼稚園児の母親としては少々珍しいが、いないわけではない。後ろには取り巻きのようなママ友が二人いて、同意の声を上げた。


「あなたたち高校生? ずいぶんと若いけれど、その歳で子どもがいるの? 不良よ不良!」

「いえ、弟が通っています。彼は妹が」

「まあ! ではお母様はどうしているの? いらしていないようだけど」

「母も来たがっていましたが、今回は私が」


 バスの中で騒ぎたてるものだから、談笑していた人たちも押し黙って様子を伺っている。しーんと静まり返った車内で、彼女は唾を飛ばした。


「子どもの遠足にも来ないなんて、親失格よ! ねえ、そうは思わない?」

「まさしくそうです!」

「あ、しかもこの子たち送り迎えも毎日来てますよ」

「送り迎えまで! 母親は主婦になって子どもの面倒を見るものなのに、何をしているのかしら?」


 あんまりな言い様に、怒りが湧き上がる。

 暁山が下唇を噛んだのを横目に見て、俺は立ち上がった。


「あの、お言葉ですが俺たちの母親は子どもを育てるために立派に働いています。妹の送り迎えも俺が好きでやっていることですし、問題ありません」

「働かなきゃいけない相手と結婚した時点で、ねえ?」


 彼女は厚化粧を歪めて嫌味っぽく笑った。


「あのなぁ!」

「あらやだ。若い子はすーぐ怒るんだから。ちょっとだけ事実を言っただけじゃない」


 たしかに、両親に対しての不満はある。想夜歌のことをもっと見てあげて欲しいとは何度も思った。だが他人にとやかく言われる筋合いはない。暁山だって同じだろう。

 思わず手が出そうになるのを、ぐっと堪える。怒ったら相手の思うつぼだと分かっていても、感情が抑えられない。あと、隣の暁山から溢れる殺気が怖い。


 ああ、せっかくいい気分だったのに、台無しだ。ママ友関係は難しいと昼ドラで見たけど、縁のないものだと思っていた。

 車内に陰鬱な空気が充満する。


「ちょっとー、おばさん必死すぎ。ウケる」

「おば、さ?」


 助け船を出してくれたのは、後ろの席に座っていた若ママだった。


「イマドキ共働きとか珍しくなくない? おばさん考え古すぎ」

「あ、あなた、誰に口聞いているのよ! だいたい、ずいぶん若いけどいくつなの!?」

「えー、知らないおばさん? アタシはぴちぴちの二十二歳でーす」

「二十二って……高校生で子ども産んだってこと? まあ、不良ね! ロクな子に育たないわよ!」


 せっかく助けてくれたのに、矛先が若ママさんに向いてしまった。俺は否定しようと口を開きかけたが、余裕の笑みを浮かべる彼女に止められた。


「いやまじ、うちの子めっちゃ可愛いから。それに、空気も読めずヒス起こす親よりマシじゃない? ねえおばさん、周り見た方がいいよ?」

「うっ」


 周囲の冷たい視線に気が付いたのか、おばさんが口ごもる。


「てゆーか、もう出発だから座ったら?」

「ふ、ふん。生意気な子だこと! 覚えてなさい!」


 誰の目にも、勝敗は明らかだったがおばさんは威勢よく席についた。

 最悪な雰囲気のまま、バスが発信する。運転手さんの気まずそうな横顔。申し訳ない……。


 この諍いが子どもに影響しないといいのだが。


 若ママさんが、ぶっと噴き出した。


「今の聞いた? 完全に負け犬のセリフじゃん」

「あはは……ありがとうございます」

「まあまあ、お姉さんに任せなさい」


 姐さんって呼んでいいですか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る