第17話 姉の苦悩③
ソファに運んだ暁山が目を覚ましたのは、八時を回ったころだった。朔は思いつめた顔で、ずっと側についていた。夕飯を食べさせた時も、心ここにあらずといった様子でずっと姉を気にしていた。いい子だ。
うっすら目を開けた暁山は、意識がはっきりすると慌てて身体を起こした。
「ごめんなさい、私……」
「いいから寝てろよ」
「姉ちゃん、だめだよ」
顔を上げた暁山は、心配そうに見つめる朔と掛けられた布団を見て、状況を把握したようだった。
右手を当てて頭を振る。少し寝たことで顔色も良くなったけど、まだ疲れは残っている。
「響汰、ありがとう。でも、家事も残っているし、あまり長い事お邪魔できないわ」
「今日は家に母親はいないのか?」
「ええ。今は繁忙期で毎日遅いか、帰って来られない日もあるわね」
ということは、うちと同じような状況になっているのか。
学校に通いながら家事と子育てをする大変さは、身に沁みている。
「あんまり無理しない方がいい」
「いいえ、母が頑張っている分、私がやらないと……。響汰が普段からやっていることよ。私ばかり、辛い顔できない」
「お前、あんまり寝てないんじゃないか? そろそろ中間テストだから」
五月中旬には中間テストがある。
家事と育児に加え、勉強も手を抜かない。そんな折に柊とのトラブルだ。彼女の負担は果てしない。
暁山をすぐ隣で見ていたから、朔は姉を休ませるために俺に夕食を頼んできた。
「なんというか、少しは手を抜くのも大事だ。学校でも、家でも」
「私は……朔の姉として、手は抜けない。今日はちょっと眠かっただけで、問題ないわ。もっと上手くできる」
「朔の顔を見て言ってみろ」
暁山は先ほどから朔と目を合わせない。
朔はずっと、泣きそうな顔で見つめているのに。
「私は姉なのよ。強くて、綺麗で、完璧な姉じゃないと」
「完璧じゃないといけないって、朔が言ったのか? 母親が言ったのか?」
「じゃあどうすればいいのよ!!」
彼女が声を荒げたところを見るのは初めてだ。奥歯を噛みしめて、顔を歪ませる。
頭を横に数回振って、ソファから立ち上がった。
「私には朔しかいないの。朔のためなら頑張れるわ」
「姉ちゃん……」
「朔、ごめんね。変なところ見せちゃったわ。でも大丈夫だから」
まだ、朔の顔を見ない。朔に対する負い目があるのだ。朔のことを言い訳にしてしまうことに対して。
俺にも覚えがある。俺は想夜歌のためにやってるんだって、日ごろの大変さを妹のせいにしてしまう。間違いではないし、嫌々やっているわけではない。自分に言い聞かせているのだ。万が一にも「いなければ」なんて考えてしまわぬように、想夜歌のために行動することが正しいことだと、常に唱える。
朔は何か言おうとして口を開けた。でも、言葉にならない。
代わりに、ずっと黙っていた想夜歌が朔の手を握って言った。
「そぉかは、お兄ちゃんがつかれるのやだよ」
隣で、朔がこくりと頷く。
「お兄ちゃんはうるさいしばかだけど、良いお兄ちゃんです」
あれ? なんで俺罵倒されたの?
最後に褒め言葉入ってなかったら一家心中を図るところだった。危ない。
「お兄ちゃんいなくても、そぉかはへーき」
「ぐはっ」
言いたいことは分かるぞ、想夜歌! でもその言い方はお兄ちゃんにダメージが多きすぎる!
つまり想夜歌は、兄は完璧じゃなくていいしいつも見てなくても大丈夫だって言いたいのだ。……そうだよね?
「僕もっ!」
目を丸くする暁山に、朔が言った。
「僕は……そんなによわくない。姉ちゃんが、がんばらなくてもだいじょうぶだから」
引っ込み思案で大人しいけど、目に宿る意思は本物だ。
暁山が分かりやすくうろたえる。結局、彼女を説得するには実の弟の言葉が一番だ。
「かんぺきじゃなくても、姉ちゃんは姉ちゃんだよ」
「朔……」
「僕は、姉ちゃんにやすんでほしい」
暁山は膝をついて、朔を思い切り抱きしめた。憑き物が落ちたように、柔らかい表情になっていく。
俺は兄で、暁山は姉。やっぱ力んじゃうよな。
でも、兄歴も姉歴も三、四年分しかないんだ。そんな完璧にはやれない。朔の言葉で、それを分かってくれたら嬉しい。
俺の役目はもうないだろう。ご飯を温めて、まだ暖かいカレーをよそう。
「飯、食べるだろ?」
「……ええ、いただくわ」
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