第15話 姉の苦悩①

 日に日に、暁山への悪口がエスカレートしていった。

 一週間もすれば収まると思っていたが、むしろ悪化しているように思える。柊との一件以来、『虐めてもいい相手』として認識された節があった。

 高校生にもなれば、直接手を出す者はいない。しかし、人を傷つけるのは暴力や直接的な被害ばかりではないのだ。


 五月に入ってもうすぐ中間テストという時期になっても続く悪口は収まらず、暁山の顔には疲労の色が見え始めた。

 直接言えば良いものを、わざわざ聞こえるように陰口を言うのだからタチが悪い。何度かそれとなく注意しても、俺程度の影響力じゃ焼け石に水だった。


 事態が大きく動いたのは、ある日の放課後。


「暁山さん、今日この後瑞貴たちとカフェにでも行かない?」


 終業のチャイムが鳴り、帰り支度を始めていた暁山の元に柊が赴いた。誘いの本命が瑞貴であることは誰の目にも明らかだ。ところで、俺も入ってない?

 机を挟んで、柊と暁山は視線を交えた。暁山はバッグを手に、静かに立ち上がった。


「ごめんなさい。忙しいの」

「忙しいって……いつもそう言うじゃん。一回くらい来てくれてもよくない?」

「勉強しなきゃいけないのよ」

「なにそれ。あたしが勉強してないみたいな言い方。自分が成績良いからって嫌味?」

「そういうわけじゃ……」


 暁山が忙しいのは朔の迎えと家事の手伝いもあるからなのだが、彼女はそれを隠したがる。朔への悪影響を心配するのなら、今この状況こそ明かしたくないはずだ。

 しかし、違う言葉に言い換えていることで余計に誤解が進んでいる。


 様子を伺っている生徒は数人。残りは部活へ向かうか帰宅していった。瑞貴も、言い合いが始まる前に教室を出ている。


 人が減った教室に柊の声が響き渡った。俺も逃げようとしたけどタイミングを見失った。


「酷い言い方になっちゃうけどさ、暁山さん、本当に感じ悪いよ? あたしたちのこと、見下してるんでしょ」


 柊がむっとして、暁山に詰め寄る。


「瑞貴に気に入られているからって、調子乗らないで」

「別に、岸君は関係ないわ。……それに、気に入られたいなら相応の努力をしたらどうかしら。私に文句を言ったって、何も変わらないわ」

「は?」


 売り言葉に買い言葉。

 柊は苛立ちを隠そうともしない。暁山に関しても口調は淡々としているが、明らかに冷静さを失っていた。


 さすがに見ていられない。

 俺は立ち上がって、二人の間に割って入った。


「まあまあ二人とも、想夜歌の写真でも見て落ち着けよ」

「くれもっちゃんは黙ってて」


 瑞貴はどこに行ったんだ。俺では手に余るぞ。


 バン、と柊の両手が机を叩いた。


「美人は楽で良いよね。ちょっと辛い顔して俯いていれば、男子が助けてくれるんだもん」

「柊さんの方が美人だと思うわ」

「……ほんとムカつく」


 柊も男からの人気は高い。誰にでも気さくに話しかけるから、うっかり惚れてしまう奴が後を絶たない。可愛らしいショートカットと、ピンやアクセサリーなど校則で許されるギリギリのオシャレも、モテる理由の一つだ。

 着飾ることをせず自然体でいる暁山とは違うタイプである。だからだろうか。柊が暁山を意識してしまうのは。


「あたしだってねぇ!」

「ごめんなさい。本当に、行かないと」

「あ、ちょっと!」


 暁山が逃げるように教室を去った。俺は追いかけようとする柊を止める。


「どうしたんだよ柊。お前らしくない」

「……くれもっちゃんも暁山さんの肩を持つんだ。あたしだって頑張ってるのに」


 柊はぼそりと呟いて、教室を出ていった。

 俺は、結局何しに出てきたのだろう。何とかしたい、って気持ちだけで動いたって、何も解決しない。

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