第14話 妹への貢物

 柊麻帆曰く、嫌ってはいないとのことだったが、傍から見れば暁山を明確に意識していることは疑いようがなかった。一年生の頃から目立っていた二人を同じクラスにしたのは、担当教師の失策だったと言わざるを得ない。男たちの人気を二分する彼女らを有することに、別クラスからは羨望の声も上がったが当事者しては冷や汗が止まらない。

 特に、俺は瑞貴とよく一緒にいるからなおさら。


「くれもっちゃんおはよー」


 柊は俺の顔を見て気さくに挨拶してくる。これで仲の良い子ができた! と簡単に喜べるような奴は瑞貴の友達になれない。

 カラオケでも想夜歌のポイント稼ぎに余念がなかった彼女は、学校でも順調に俺と瑞貴に近づいていた。別に、それを悪いとは言わない。想夜歌もちやほやされて喜んでたしな。家では「たのしかった!」と満足していたので、連れていってよかった。


「そうだ、これ想夜歌ちゃんに作ってきたんだ。良かったらあげて」

「想夜歌に貢物か、えらいぞ。想夜歌は女神だからな」

「うわぁ……」


 静かに引かれるのが一番辛い。

 柊に渡されたのは可愛らしくラッピングされた手作りクッキーだ。


「くれもっちゃんってさ、いつも想夜歌ちゃんの送り迎えしてるの?」

「まあな。両親は忙しいし」

「へぇ……ただのロリコンだと思ってたけど、ちょっと見直したかも。瑞貴と仲良いのは知ってたけど、何してるのかよく分からなかったし」

「そりゃどうも」


 誰がロリコンだ。


 休み時間等は、俺の前の席を瑞貴が占拠し談笑しているが、加えてカラオケの一件以降、柊も参加している。彼女は女子生徒の間でそれなりの影響力を持つようで、他の子は近づいて来ないので表面上は平和が訪れている。裏でどんな会話が行われているのかなど、考えたくもない。


「あっ、瑞貴もいる? 実は作りすぎちゃって」

「ありがとう。小腹が空いているから、今頂こうかな。せっかくだからみんなで」

「うん……」


 瑞貴は柊から受け取ったクッキーを机の上に広げた。

 俺も手を伸ばして一つ口に運んだ。うん、美味い。ボリボリといくつも食べていたら睨まれた。本命である瑞貴に軽く流されたからって八つ当たりしないで欲しい。


 ギャルのくせにお菓子作りができるとは、負けていられないな。俺もお菓子をマスターして想夜歌の胃袋を掴まないと!

 ちなみい瑞貴から貰ったお菓子はオシャレで美味しく、大変気に入っていた。缶入りのチョコレートだったのだが、その缶もマスキングテープ入れとして大事にしている。解せない。


「あ、暁山ちゃんもどう?」


 運悪くちょうど登校してきた暁山は、瑞貴に目を付けられた。話しかけられては無視するわけにもいかずに足を止めた。ちらりと、瑞貴が示したクッキーを見た。

 心なしか、周囲に緊張が走る。


「……ありがとう。でも、結構よ」


 瑞貴は完全に面白がっていると思う。こいつ、結構腹黒いからな。優男みたいなキャラ作っているから、近しい人以外は知らないと思うけど。

 暁山は瑞貴の期待通り、興味を示さず席に戻ろうとする。瑞貴に対して冷たい態度を取る女子生徒はほとんどいない。


 クッキーを作った張本人である柊が、ぱっと立ち上がった。立ち去ろうとした暁山の手を掴んで、無理やり振り向かせる。


「ついにツートップがぶつかるぞ……!」

「ふっ、頂上決戦か。ここは危険かもな」

「どちらが勝っても世界情勢は大きく変わることになる」


 おい、馬鹿ども……後で殺されても知らないぞ。

 様子を伺っていた男たちが小声で騒ぎだしたけど、俺は静観を決め込んだ。巻き込まないで欲しい。早く帰って想夜歌に癒されたい。


「そんなこと言わないでよ~。あたしが作ったんだ。結構、美味しくできたと思うの」


 満面の笑みが逆に怖い。


「ちょ、ちょっとトイレに……」

「響汰」


 逃げようとしたら、瑞貴に腕を掴まれた。面白そうだからそこにいろ、と目で訴えてくる。


 普通に考えて、この二人が敵対する理由なくないか?

 柊の狙いが瑞貴だとして、暁山は瑞貴に興味ないし、瑞貴の方も冗談半分で話しかけているだけだ。それが気に喰わないのか?

 それとも、噂に聞くカースト争いか……。男に生まれて良かった。想夜歌が将来巻き込まれないか心配だ。


「クッキーを……それはすごいわね」


 暁山は淡々と褒めた。

 柊の眉間に青筋が浮かぶ。


 暁山はおそらく、本心ですごいと思っているだろう。なにせ、暁山は料理ができない。しかし、彼女は他の生徒からなんでも完璧にこなす少女だと思われている節がある。聞きようによっては、煽っていると思われても仕方ない。


「はい、食べて」


 柊がクッキーを一つ取って手渡した。暁山の喉を通るまで、じっと見つめた。


「……! 美味しいわね」

「で、でしょ! 暁山さんもお菓子とか作るの?」

「お、お菓子は……そうね。たまに作るわ。素人レベルなのだけれど」

「そうなんだ~。今度食べさせてよ」


 弛緩した空気を察して、ほっと息を吐く。

 なんで朝から冷戦してるんだろう。胃が痛い。内心では暁山の味方をしたいところだけど、俺に手を出せる案件ではなかった。

 あと暁山、強がるんじゃない。適当に作ってもそれなりに美味しくなる料理と違って、お菓子作りは結構難しいぞ。


「あたしもよくお菓子作るんだー。今日は簡単にクッキーだけど、フォンダンショコラとかマカロンとか」

「すごいわね」


 暁山は相変わらず反応が薄い。

 誤解が進行しそうで見ていられないので、助け船を出す。


「マカロンか! 想夜歌の大好物だ。よし、柊。いや、想夜歌専属のパティシエよ。次はマカロンで頼むぞ」

「えー……瑞貴も好き?」

「あはは、まあね。それなりに好きだよ」


 マカロンって結構難しいお菓子だったと思うのだが、柊は本当に得意らしい。モテるために習得した、と思うのは偏見だろうか。


「暁山も教えて貰ったらどうだ? お菓子作れれば、さ……子どもにも喜ばれるぞ」

「そうかしら……でも……いえ、大丈夫よ」


 会話が途切れたところでチャイムが鳴り、雉村先生が教室に入って来た。

 俺の胃に穴が空く前に、なんとか終息したようだ。

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