第12話 妹は料理の天才かもしれない

 カレーは煮込むのに少々時間はかかるものの、手順はそれほど多くない。

 切った野菜と豚肉を炒めたら、水で柔らかくなるまで煮込んでルーを入れる。たったそれだけだ。作り方は箱の裏に書いてあるから、それ通りに作れば良い。男料理なんてそんなものである。


「待ちなさい。箱には鍋で肉野菜を炒めると書いてあるわ。なんでフライパンに油を引いたの?」

「鍋だと炒めづらいだろ。それに、フライパンで焼き目入れた方が美味しくなるんだよ」


 洗い物は一つ増えるけど、俺はいつもフライパンで先に火を入れる。鍋は加工されていないから、底にくっつくのが嫌なんだよな。

 暁山は素直に頷きながら、メモにペンを走らせる。


 レシピに忠実に作るのなら料理はそうそう失敗しないと思うのだが……。朔に美味しくないと言われてしまうのは、何かしら失敗してしまうのだろう。今度一人で料理しているところを見てみたい。

 それとも、母親がプロ並みの実力を持っていて、相対的に暁山の料理が美味しくないと感じてしまうのかもしれない。そう考えると、俺のカレーが受け入れられるか心配だ。甘口好きだといいな。


「お兄ちゃん、まだ?」

「もうちょっとだな。想夜歌、手伝ってくれるか?」

「いいよ!」


 想夜歌はせっせと踏み台を持ってきて、俺の隣に立った。

 手を洗ったのを見計らってピンクのエプロンを付け、袖を捲ってあげる。コンロの前に移動させ、木べらを渡した。


「あいとー。まぜまぜ?」

「そうだ。熱いから気を付けろよ」

「まかしぇろ」


 自信満々なところ悪いが、心配なのですぐ後ろについていつでもフォローできるよう身構える。手が滑って鍋をひっくり返しでもしたら大惨事だ。そんな軽くないから大丈夫だとは思うけど。

 危険だからと言って、遠ざけるのは俺の教育方針に合わない。想夜歌の好奇心は大事にしてあげたい。もちろん、本当にダメな時は止める。


「よし、上手い上手い。もう少しだな」

「お兄ちゃんにもおしえてあげる」

「さすが想夜歌だ」


 上手すぎる! きちんと底まで木べらを入れ、しっかり混ぜられているぞ。将来は料理人かもしれない。妹が多才すぎる。


「むう……」


 ご機嫌で鍋をかき混ぜる想夜歌を、朔が不満そうに見上げる。小走りで暁山に駆け寄り、足に抱き着いた。想夜歌は気にしていないというか、カレーに夢中で気づいていない。


 朔はキッズスマホの一件でもそうだったが、姉と同じで見栄っ張りだ。普段は引っ込み思案であまり騒ぐタイプではない。でも自分の中に一本芯が通っていて、意思がはっきりしている。

 ほんと、そっくりな姉弟だ。


「ん? さくもやるー?」

「うん、や――やらない!」


 そして、相変わらず面倒な性格をしている。

 女の子から譲ってもらうのは違うよな。分かるぞ。

 ふん、とそっぽを向いているけど、ちらちらと想夜歌を見て手を所在なさげに動かしている。抱き着かれている暁山は、困ったように笑って頭を撫でた。


 微笑ましく見ていると、暁山から睨まれた。


「どこ見てニヤついているの? 家に連れ込まれた辺りから怪しいと思ってたのよ」

「別にお前の足は見てねぇよ……」


 余計なこと言うから、つい意識してしまう。エプロンの下に伸びる、真っ白な足を。

 自転車通学しているからしっかり筋肉がついて……暁山の目つきがもう一段階鋭くなった。


「はぁ……それで、朔でもできること何かあるかしら?」

「じゃあルーを入れてもらおうかな」

「分かったわ。はい、朔。これを割っていれるのよ。できる?」


 想夜歌を踏み台から降ろして、火を消した。

 子どもたちがいると、夕飯作るだけでひと騒ぎだ。この言い方だと俺と暁山の子どもみたいだけど、妹と弟である。


 想夜歌に代わって作業台に立った朔は、姉と一緒にカレールーを入れた。弾けるような笑顔が眩しい。想夜歌に「お~」と拍手されてご満悦だ。


「ちゃんとあいじょーいれた? いっぱいいれた?」

「え?」

「お兄ちゃんはまいにちいれてるよ!」


 そこ、家庭内の恥ずかしい姿を晒し上げるのはやめなさい。想夜歌への愛情は常に溢れているから勝手に入っちゃうのだ。


 ルーを入れたらあとは溶かして少し火にかけるだけだ。その間にご飯を温め、器に盛りつける。想夜歌と朔は先に椅子に座らせた。


 テーブルにカレーが並び、揃って「いただきます」と手を合わせた。時刻は六時過ぎ。丁度いい時間だ。

 食べ方一つとっても性格は表れる。想夜歌はご飯とカレーをぐちゃぐちゃに混ぜて、豪快に書き込んだ。うん、マナーもちょっとずつ覚えていこうな……。

 朔はスプーンでライスとルーを順番に救い上げ、少しずつ口に運ぶ。具材は別々に食べるタイプみたいだな。


「うまうま」

「おいしい……! 姉ちゃんとはちがう……!」


 カチャ、と暁山の手元から音がした。朔よ、隣からのプレッシャーを感じないのか……? すごい胆力だ。

 ともあれ、口に合ったようでなにより。


「あら朔、いつの間に人参を食べられるようになったのね」

「う……たべれるよ!」

「そう、嬉しいわ」


 こいつ、大人げねぇ!!

 仕返しとばかりに、朔の弱点を突いていく。人参を口に運ぶたびに顔を顰めていたのは、俺も気づいていた。頑張って食べていたのに、わざわざ指摘するなんて……。


「さく、にんじんきらい?」

「きらいじゃない!」


 朔は皿にある人参を全て集め、一気に口に詰め込んだ。良い男気だ。俺は応援しているぞ。

 それと暁山。お前が盛り付けの時に、自分だけ人参を避けていたのを俺は見ていた。いつかイジってやろう。


 和気あいあいと時間は過ぎ、全員完食した。

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