第11話 妹の友人をご招待
言い訳をさせて欲しい。
俺はあくまで、そう。想夜歌の友達である朔を夕飯に誘っただけだ。暁山が制服の上にエプロンを付けて我が家のキッチンに立っているのは姉として、である。弟をダシにして女の子を家に誘ったわけではないのだ。
そう早口で伝えたところ「そう」と冷たい返事が来た。
「特に意識していないから大丈夫よ」
少々釈然としないが、軽蔑されてはいないようで安心する。
暁山がいると、見慣れたキッチンもいつもと違って見える。彼女は胸元まで伸びた髪を一括りにして、手早く結んだ。
うちはオープンキッチンで、調理中でもリビングが見える。壁から離れて独立した、いわゆるアイランドキッチンというやつだ。壁面には収納も多く、広くて使いやすい。暁山と二人並んでも窮屈に感じることはなかった。
リビングでは想夜歌と朔が並んでテレビを見ている。録画してあった適当な国民的アニメを流しておいた。大人しく見ている朔に対し、想夜歌はぬいぐるみを手に持って動かしたり、鼻歌を歌いながら踊ったりと落ち着きがない。いつものことだが。
「さっそく夕飯を作るか。申し訳ないけど、ご飯はレンチンだ」
「いえ、食べさせてもらうのだから十分よ」
今日のメニューはカレーだ。大人数での食事は一気に作れる物に限る。料理が苦手だという暁山は、俺が冷蔵庫から食材を取り出す様を隣からまじまじと眺めた。
食材はオーソドックスに豚肉、ジャガイモ、人参、玉ねぎ。後は甘口のカレールーだ。
「なんか俺が教える感じになってるが、別に普通のことしかしないからな」
「侮らないで。カレーくらい作れるのよ。ただ、一応見ておこうと思って」
メモ帳を取り出し、顎でボールペンをノックした。変なところで真面目だ。
俺はそれらを取り上げ、キッチンの隅に置く。作り方の手順くらいネットで調べれば出てくるからな。俺だって料理人でもなんでもないのだから、メモを取る必要はない。料理に大事なのは慣れだ。手を動かせば自然に覚える。
「ジャガイモ頼めるか?」
「ええ、任せてちょうだい……何をしたらいいのかしら?」
「何も分からないのにこんな堂々としてる奴初めてみた」
「無知の知ね」
そこにいたのは学年一位の秀才ではなく、ただの女の子だった。俺が渡したピーラーとジャガイモを、恐る恐る合わせる。
しかし、さすがの吸収力で少し教えればすぐにできるようになった。
「そう、そんで包丁の角で芽を取る。毒があるからな」
「ソラニンは子どもにとっては特に危険だから、気を付けた方がいいわね」
「知識はあるのな……」
だったら料理も覚えればいいと思う。
とはいえ、彼女が苦手な理由の一端は、短い時間でもなんとなく分かった。
なんというか、融通が効かないのだ。
多くの食材は生もので形が一定ではない。ジャガイモの乱切りにしたって、ごつごつした形に合わせて対応していく必要がある。どの方向に刃を入れるか、毎回じっくり考えている。子どもでも食べやすいように小さめにしよう、と言った時には困惑して手が止まった。
だいたいでいいんだけどな。
俺は隣で人参や玉ねぎを処理しつつ、見守る。指先は器用で危なげないけど、なんともたどたどしい。
「まあ切るのは俺がやるよ」
「いえ、任せなさい」
彼女の横顔は真剣そのものだ。
「いや、そんなこだわるものじゃないだろ。腹減ったし、早く食べようぜ」
「ダメよ。朔のために、ちゃんと覚えないと」
「そんな気負わなくても……暁山って完璧主義だよな」
普段は母親が料理をしているらしいけど、今日みたいに遅くて帰れない日には暁山が作ることもある。にしたってそう頻繁にあるわけではないし、惣菜や簡単調理のものだっていいはずだ。
勉強だって手を抜かず、弟の面倒も見て、細かいところにも拘る。いくら彼女が優秀だと言っても、オーバーワークだ。
「だって、カッコイイお姉ちゃんになりたいじゃない」
「は?」
「あなただって分かるでしょう? 私は、朔に良いお姉ちゃんだと思われたいの。それだけよ」
冗談ってわけじゃなさそうだ。
暁山は朔の前で良い格好をするためだけに、全て完璧にこなそうとしているのか。
「ははっ」
自然と笑みがこぼれた。
暁山が少しムッとするけど、バカにしているわけではない。むしろ逆で、一気に親しみやすくなった。
ああ、俺も分かるよ。俺だって、想夜歌のためなら何でもできる。いくらでも頑張れる。勉強は後回しだけどな。
「もしかして、学校でクール気取ってんのもそのため?」
「気取っているつもりはないのだけれど……そうね。元々の気質と、美人で知的なお姉ちゃんを目指しているのもあるわね」
「やっぱお前バカだわ」
そんで、最高のお姉ちゃんだと思う。
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