第9話 妹の魅力を伝えたい

「おい響汰! 俺のキジちゃんと朝から二人っきりで何してたんだ?」


 教室に戻ると、瑞貴がニヤニヤしながら近づいてきた。

 俺が来るまでは女の子に囲まれていたみたいだ。俺を女除けに使わないで欲しい。


 顔も良く運動もできるからすこぶるモテるが、本人は決してそれを歓迎していない。自他共に認める女好きでありながら、相手から来られるより自分から行きたいタイプなのだとか。贅沢な悩みだ。


 最近は担任の雉村先生にご執心だ。もちろん冗談の範疇だけど、好きだの可愛いだの言っても全く靡かないのが楽しいらしい。イケメンの考えることはよく分からん。


「悪ぃ、瑞貴。キジちゃんに『いつも見てる』って言われちまった……」

「うわ、まじかよ。俺の女に手出しやがって」


 軽口を言い合って、席に向かう。遠巻きにクラスの女子生徒がちらちら見てくる。いつものことだ。

 まあ瑞貴を落としたかったらむしろ興味ないフリでもした方がいいと思うぜ。一回、アドバイスを求めてきた子にそう伝えたら「え、僻みはよくないと思うよ。それとも私のこと狙ってるの?」とか言われたけどな。あれから仲介もアドバイスもしないと決めた。


「どうせアレでしょ? 最近この辺で出るらしい不審者の話」

「は? なんで俺が関係あるんだ」

「だって、小さい子が狙われているらしいし」

「容疑者候補かよ」


 瑞貴はくつくつと肩を揺らして笑った。

 まったく、俺は想夜歌一筋だって言っているのに。はっ、不審者といえば想夜歌は大丈夫だろうか。GPSで監視、もとい確認しないと。


「あ、そういやさ。響汰って暁山ちゃんと仲良いの?」


 説教のせいで短くなった準備時間で想夜歌の写真を巡回していると、ふいにそう尋ねられた。

 別にやましいことがあるわけじゃないけど、少し答えづらい。朔のことや幼稚園のことは学校では話さないことになっているから、必然的に俺と暁山の関係も内緒にしている。


「……いや、普通だけど」

「そう? 友達から一緒に帰っているところ見たって聞いたからさ。てっきり付き合ってるのかと」

「ないない」


 幼稚園に向かう姿を見られたのだろうか。

 弟のことを隠したいのは暁山の事情だし、その理由だって別に気にするほどのことじゃないと思うんだけどな。まあ俺も、あらゆるリスクを取り除きたい気持ちは分かる。

 クラスでは他人、幼稚園ではママ友という、一種の協力関係。とりあえずは、それでいいと思う。


「ふーん。なーんか怪しいな。珍しく歯切れ悪いじゃん」


 そう呟いて、瑞貴は立ち上がった。何を思ったのか、暁山の席へ向かった。にわかに教室がざわつく。

 瑞貴の横顔は、うん、完全に面白がっているパターンだな。


「暁山ちゃんおっはよー。ねえね、最近響汰となんかあった?」

「おはよう。……先日、彼とはたまたま会ったわね」

「それだけ?」

「ええ」


 オッケー。そういう方針ね。


 教室での暁山を見ると、幼稚園のことが夢なのかと思えてくる。朔の前の彼女は、普通に良いお姉ちゃんだ。平坦な声色と表情の乏しい澄まし顔はそのままだけど、時折見せる微笑は思わず見惚れるほど可愛らしい。

 結局、感情を表に出すのが苦手なだけなのだろう。男というものは単純で、美人なら対応が多少悪くても許してしまうのだが女性同士だとそうもいかない。


「なにあの態度」

「さいてー。瑞貴君可哀そう」

「なんか、調子乗ってるよね」

「昏本はロリコンだからああいうのタイプじゃないでしょ」


 教室の隅で、数人が小声で言った。そう広くない教室でははっきり聞こえるし、暁山にも当然聞こえているだろう。あと誰だ俺のことロリコンって言ったやつ。


 悪口は好ましくない。かと言って、俺が苦言を呈したところで状況は何も変わらないだろう。


 気を揉む俺とは対照的に、渦中の二人に気にした様子はない。


「そうだ、今度みんなで親睦会をやろうと思ってるんだ。良かったら暁山ちゃんもどうかな? 親睦会と言っても、カラオケで集まるだけなんだけどさ」

「ごめんなさい。忙しいの」

「そっか。じゃあ、また誘うね」


 彼女は誰に対しても、同じように接する。返事をしないわけではないが、決して心を開かず、無感情に応対する。


 暁山は興味を失ったように、手元の文庫本に視線を戻した。俺にはまるで、外界の全てをシャットアウトしているように見えた。瑞貴のことも、周囲の悪口も。


 俺なら、その壁を抜けられるのかな。彼女の笑顔を知っている者としては、正直見ていられなかった。

 立ち上がろうとした俺の前に、瑞貴が立ちふさがった。


「響汰は来るよね、親睦会。想夜歌ちゃんも連れておいでよ」

「あー、想夜歌に聞いてみるわ。つーか、なんだよアレ」

「なにが?」

「分かってんだろ」


 瑞貴は自分の行動が及ぼす影響を、正しく理解しているタイプだ。

 暁山に話しかけた場合どうなるかくらい、分かっていたはず。


 俺の非難は軽く受け流して、代わりに俺の耳元で囁いた。


「じゃあ、響汰も分かってるでしょ? 俺、暁山ちゃんとも仲良くしたいんだ」

「はぁ」


 ほんと性格悪いわ、こいつ。そんで、めっちゃ良い奴。

 暁山の状況を変えたいのは俺も同じだ。良い所を知っちゃったからな。


 俺の影響力は瑞貴ほど高くない。でも、俺だからできることもある。空気を読まず話しかけること、とかな。


「暁山、そんなこと言わずに来てくれよ。ほら、見てよ俺の妹。まじ可愛くね? 会いたくない? これ昨日のおやつ中の写真なんだけどさ、食べている途中で電池切れて口にくわえたまま寝てるの。ほんと天使。最高」


 突然妹のプレゼンを始めた俺を、暁山がぽかんと口を開けて見上げる。

 そして、ほんの少しだけ口角を上げた。


「可愛いわね」


 朔の方が可愛いけれど、という副音声が聞こえてきそうだ。外だったら、間違いなくマウントの取り合いが始まっていた。

 彼女の微笑を目撃した生徒は少なくない。これで劇的に変わるなんて思っちゃいないが、まあ、多少は効果があるといいな。


 暁山の笑顔、想夜歌には遠く及ばないけど可愛い。朔のことだって、きっと皆受け入れてくれるはずだ。

 なんとなく、他人事だと思えなかった。

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