第8話 妹の夢が可愛すぎる

「昏本君、なんで朝から職員室に呼び出されたのか分かるー?」

「あの、キジちゃん先生……その歳でぶりっ子はきついっす」

「まだ二十七だよぉっ!」


 担任の雉村きじむら先生は、ドンと机を叩いて立ち上がった。周りの先生方から射るような視線を向けられバツが悪そうに座った。


「うぅ、みんなからは若くて可愛い先生として人気なのに……」

「そういうこと自分で言っちゃいます?」

「昏本君がロリコンっていう噂は本当だったんだ!」

「教師のセリフとは思えねぇ……」


 たしかに男子生徒の中では若くてエロいと評判だ。プラス十五歳まで行けると公言する瑞貴は、よくからかって遊んでいる。生徒たちからはキジちゃん先生と呼ばれ親しまれていて、友達感覚だ。ちなみに担当は国語。


 あと俺はロリコンじゃなくてシスコンだ。


「呼び出した理由はね、これよこれ。先週提出してもらった進路調査票!」


 高校二年生にもなると、卒業後の進路を考える時期になってくる。中には一年生の頃から目標を定めて頑張っている者もいるけど、それは少数派だろう。偏差値で言えば中の上の公立高校では、大半の生徒は「行けそうな大学の中で一番良い所に進学」とか、その程度の意識だ。


「それが何か?」

「え……? 自覚なし? あれれ、私がおかしいのかな」


 雉村先生はむむむ、と首を傾げて、手元の紙に鼻先が付くくらい顔を近づけた。

 俺は肩を竦めて退出しようとする。まったく、何もおかしなことは書いていないというのに。


「やっぱおかしいよ!」


 進路調査票から顔を上げて、先生が迫ってくる。はち切れそうなブラウスが、目の前で揺れた。眼福眼福……。


「昏本君、第一志望はなに?」

「ケーキ屋さんですね」

「うんうん、君なら美味しいケーキを作ってくれそうだね。第二は?」

「魔法少女っす」

「なんでなの!?」

「最近テレビアニメにハマってるんすよ」

「ええ……ちなみに第三は?」

「見れば分かるでしょう……お母さんです」


 雉村先生はがっくりと項垂れて、よろよろと椅子に座りこんだ。忙しない人だ。

 俺は真面目に進路を調査・・・・・してきたというのに。


「一応聞くんだけど、いやほんと、先生もこんな不毛なこと聞きたくないよ? でも大事な生徒が変な方向に行かないようにするのも私の役目っていうか……これ誰の進路?」

「妹っす」

「ううう、そんなバカな子に育てた覚えはありません!」


 俺も先生に育てられた覚えはないな。去年の担任は違う人だったし。


「いやー、可愛いですよね。俺的には『お兄ちゃんのお嫁さん』って言って欲しかったんですけど、誘導しても絶対言ってくれないんですよ。名前想夜歌って言うんですけどね。あっ、夜を想う歌って書いて想夜歌です」

「良いお兄ちゃんだね……?」


 適当な返事とともに、新しい進路調査票を貰った。

 書き直しか。まあ当然だな。


 雉村先生は机にぐったりと項垂れた。


「あのさぁ、君の家庭の事情は把握してるよ? でもそれとこれは話が違うじゃない」

「まあ今回はちょっとふざけすぎましたね。反省してます」


 ちなみに、高校生の「反省しています」は三秒後には忘れているから要注意。ソースは俺。


 進路調査票の意味は当然分かっている。でも試しに想夜歌に聞いてみたら可愛すぎたんだ……。


 素直に頭を下げても、先生は怖い顔をしたままだ。


「そーじゃないの。妹さんの面倒を見ることと、あなたの進路は別の話・・・だって言っているんだよ」

「……なに、言って」


 見透かすような瞳に、不覚にもドキッとした。

 いつもフワフワしているくせに、時々こうして真剣な顔を見せるからずるい。


「昏本君、賢いから言いたいことくらい分かるでしょ? むむ、テストの点数は悪いから賢くないかも……?」

「一言が余計すぎる」


 先生の気持ちは嬉しいし、彼女の言いたいことが正しいことも分かる。

 でも、俺にとって想夜歌が全てなんだ。滅多に帰ってこない両親になんて任せられない。大事な、そう自分よりも大事な想夜歌のためなら、なんでも犠牲にできる。


「家を離れるのは難しいかもしれない。でもね、それなら近場の大学っていう選択肢もあるじゃない? 高校よりは忙しいけど、授業の時間を調整すればなんとか……」

「ありがとうございます。ちゃんと考えてみます。失礼します」

「う、うん。……あのね、昏本君」


 職員室の引き戸に手を掛け、首だけで振り向いた。

 先生は茶化すように、口角を片方だけ上げた。


「私、意外と生徒のこと見ているから」

「良い先生っすね」

「でしょ?」


 エロいしな。

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