第7話 妹から電話が鳴りやみません
「もしもしー? お兄ちゃんですか?」
「お兄ちゃんですよー」
俺の着信履歴が想夜歌でいっぱいだ。他の名前はいらないから、もう誰も電話してこないで欲しい。
想夜歌はスマホの画面を耳に押し当てて、俺に手を振った。て、天使……。でも音が出るのはそこじゃないぞ。
キッズスマホを買ってから、直接話せばいいものをわざわざ電話してくる。俺の番号にはショートカットで通話できるように設定してあり、その操作はもう完璧だ。
「そろそろ幼稚園に行く時間だぞ」
「わかった! ばいばい」
人差し指でぽちっと通話を終了。想夜歌は肩掛けのバッグを持って、玄関へ向かった。俺もスクールバッグを背負って後を追う。
四月も中旬になると日差しはかなり強い。しっかりと日焼け止めを塗らせて、ママチャリの後ろに乗せた。
「スマホはちゃんと持ったか?」
「そうびしてる」
「何かあったら、ゆらゆらを引っ張るんだぞ」
キッズスマホの上部には触覚のような防犯ブザーがついていて、これを引っ張ると音がなり、俺のスマホに通知が行くようになっている。昨日試しに使った時には結構大きな音がしてびっくりした。
外にいる時には常に首から下げていて、幼稚園ではカバンにしまうようにする。着いたら先生にも伝えないとな。
想夜歌の鼻歌を聞きながらママチャリを走らせること十分弱。住宅街の一角にある幼稚園についた。庭が広く、自然や遊具が豊富なのが特徴だ。
同じく送りに来たママさんたちに混ざって、想夜歌の手を引く。幼稚園バスを利用するという選択もあるが、慣れるまでは送ってあげた方がいいと思う。
「さくだ!」
む、男に対してその反応は良くないぞ想夜歌! 勘違いしたらどうすんだ。
嫌われたくないからその言葉はぐっと堪え、ぐぬぬと唸るだけに留めた。
「朝から威嚇しないでくれるかしら……完全に不審者よ」
暁山は当然、制服姿だ。先日見たワンピースが頭から離れない。
学校帰りに一緒になることは多かったけど、朝から会うのは何気に初めてだ。とはいえ、登園時間も組も同じだからそうおかしな話ではない。
「お兄ちゃん、さくとすまぽのこうかんする。どうやるの?」
「ダメだ! お、男と電話なんてまだ早いぞ」
電話番号の登録なんてしたら「寂しいから電話しよ」とか「このまま寝落ちするまでつなげてようね」とか、急接近するに決まってる! お兄ちゃんはそんなの許しません。
「相変わらず過保護というか……ロリコンね」
「せめてシスコンって言ってくれないか?」
周囲の若ママさんが怖いよ! 本当に通報されちゃう。
「この前、響汰が鬱陶しいって想夜歌ちゃんが言っていたわよ」
「そんなわけないだろ。……え、ないよね? 言ってないよね?」
暁山は鼻でふっと笑って、口元を歪めた。こいつ、教室ではクールぶってるくせに性悪だな……!
想夜歌に確認しようと視線を向ける。だがその時には既に、朔に教わりながら番号を交換しているところだった。誰だ、朔にやり方教えた奴は!
「良かったわね」
「うん……!」
暁山が朔の頭を撫でる。こうして見ると、普通の良いお姉ちゃんだ。
でもな、限界まで短くしたスカートはしゃがむのには向いていないと思うんだ。さらけ出された太ももから、慌てて視線を外した。一度は見てしまうのが男の性である。
「想夜歌ちゃん、私とも交換しましょう?」
「しょーがないなー!」
お姉さんにお願いされて、想夜歌はご満悦だ。
朔はスマホを大切そうに胸に抱えて、ニマニマしている。はぁ、俺も朔と交換しておくか。
俺も暁山も学生で両親が忙しいから、今後も関わることがあるだろう。
「響汰」
想夜歌と軽くハイタッチして立ち上がった暁山が、俺にスマホを向けた。
「ん」
「ん?」
「渡しなさい」
なぜだか少し気恥ずかしそうに、そっぽを向いてもじもじしている。
「ああ、俺とも交換したいのね」
「ええ、朔のこともあるし、これからも保護者として連絡が必要なこともあるでしょう? 言うなればママ友というか、朔と想夜歌ちゃんのためね。別にあなたと個人的な連絡をする予定はないのだけれど。あと、入園式で撮った二人の写真も送りたいし」
「ほれ」
素早く操作し、メッセージアプリのQRコードを読み込んだ。ついでに電話番号も送っておくか。
子どもたちにメッセージはまだ早いから、二人は電話番号だけだ。
「おし朔、俺にも交換の仕方教えてくれよ」
「いいよ……! えっとね」
想夜歌に教えるために頑張って覚えたんだろうな。たどたどしいけど、ちゃんと交換することができた。その恋は阻止させてもらうけどな?
「想夜歌、朔、またあとでな」
「今日はハンバーグに決めました。いこ、朔!」
「うん……!」
ハンバーグね、了解。想夜歌はその日の気分ごとに食べたいものがはっきりしているタイプなので、作る側としては非常に助かる。レパートリーが少ないので偏るので、たまには違う物にすることもある。
「暁山、行くか」
「え、ええ」
先ほどの朔よろしく、スマホの画面を嬉しそうに眺めていた暁山は、俺が話しかけると澄まし顔に戻した。顔を取り繕うのは一丁前だけど、手元のスマホは空中を踊った後地面に落ちた。
「お前……」
ここで、俺のことが好きなのかも! とか考えてはいけない。
「ちなみにだけど、同年代の連絡先どれくらい持ってる?」
「……いとこが一件かしら」
こいつ、友達いなすぎる……。可哀そうだから俺が友達になってあげよう。ママ友だけど。
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