第6話 妹のスマホデビュー②

 そのスマホは子どもの手には大きくて、今にも落としそうだ。防犯の機能などもついていないし、幼稚園児には無用の長物。キッズスマホを買いに来た暁山も困惑した顔で、朔の前にしゃがみ込んだ。


「朔、それは大人用なのよ。あっちのやつにしましょう」

「……いや」

「それ難しいのよ。最初だから簡単なスマホがいいわ」

「これがいいの!」


 朔が見ているのは、想夜歌だ。

 きょとんと小首を傾げている想夜歌は、何も分かっていないだろう。たぶん、暁山も。


 でも、俺は分かる。そうだよな。男の子だもんな。


「暁山、そんな言い方じゃダメだ」

「む、なによ」

「まあまあ。ちょっと朔借りるぞ」


 想夜歌を暁山に預け、朔の手を引いて少し離れる。暁山が怪訝そうに見てくるけど、誘拐したりしないから安心してくれ。


「兄ちゃん、なに?」

「お、お前のお兄ちゃんになる気はない」


 こいつ、早くも彼氏ヅラか!? 想夜歌にはまだ早い!


 ……咳払いをして呼吸を整える。キッズスマホの黒を手に取り、朔と目線を合わせた。


「見ろ、これは子ども用のスマホだ」

「やだ、大人用が良い」

「そうだな。そっちの方がカッコイイ」


 鷹揚に頷いて見せる。想像と違ったのか、反論しようと開けた口は行き場を失いうめき声だけを発した。


「うちの、俺の最高に可愛い想夜歌は、これのピンクを買おうとしている。つまり、朔がこれを買えば色違いのお揃いだ」

「でも、僕はカッコイイやつがいい」

「だが、想夜歌は天使だが、ちょっとおバカだ。そんなところもキュートで昨日も歯磨き粉を呑み込んで……ごほん、ともかく、スマホを使いこなすのに時間が掛かるだろう」


 迂遠な言い方をしているから、朔にはまだ理解できないかな。でも、あえて難しい言い回しをすることに意味がある。

 男ってやつは、年がいくつでも見栄っ張りでかっこつけたがるものだ。たとえ姉でも、そのあたりは理解できていないらしい。


「いいか、朔が先にスマホの使い方をマスターするんだ。お前は完璧に使えるのに、想夜歌はまだ使えない。さて、どうする?」

「……! 教えてあげる……!」

「そうだ。スマホの使い方を教えるのは、同じスマホを持っていないと難しい。機種によって全然違うからな」


 ここまで言えば分かるだろう。

 朔はぱっと目を輝かせて、俺の手からキッズスマホをひったくった。


「これにする」

「おし、じゃあ姉ちゃんに買ってもらうぜ」

「うん!」


 黄色はちょっと可愛すぎるから、やっぱ黒がいいだろう。キッズスマホなら暁山も安心だ。


 戻ると、想夜歌と暁山が仲良く話していた。


「いい? 帰ったらこう言うの。お兄ちゃん臭い、って」

「くさくないよ?」

「一緒にお風呂入りたくない、でもいいわ。これを言うと、お兄ちゃんを倒せるの」

「そぉか、お兄ちゃんより強い……?」

「ええ、強いわ」


 悪魔だ。悪魔が悪い笑みを浮かべている。


「おい、人の妹に変なこと教えんな」


 そんなこと言われたら俺、うっかり死を選ぶぞ。

 俺の顔を見た想夜歌は逃げだすように暁山から離れた。い、言わないよな?


 人質交換がごとく、朔も戻っていった。手には大事そうにキッズスマホが握られている。どうやったの、と驚いた顔で暁山が俺を見た。


「内緒だ。な?」


 唇に人差し指を当てる。朔も同じように返してくれた。


 それぞれキッズスマホの契約をして、無事に手に入れることができた。周辺アクセサリーも同時に購入する。ケースに保護フィルム、それと首から下げる紐は必須だ。電源を付けるのは帰ってからだな。

 終始そわそわしていた想夜歌は、新品のスマホを手にしてご満悦だ。


「そぉかのすまぽ。名前なにがいいかな?」

「すまぽでいいんじゃないか?」


 それスマポじゃなくてスマホだし。


「ありがとう、兄ちゃん!」


 帰り際、朔が満足そうに手を振ってくれた。

 まったく、世話が焼ける。まあなんだ、結構いい子だな。想夜歌の最初の友達が朔で良かった。お姉ちゃんは怖いけど。


 あと一つ、言う事がある。


「誰がお兄ちゃんだ」

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