第5話 妹のスマホデビュー①
土曜日。想夜歌が幼稚園児になってから初めて迎える休日に、二人で近所のデパートを訪れていた。この辺の住民がショッピングに繰り出すとしたら駅前のデパートかここを選ぶ。田舎とも都会とも呼べない中途半端な地域の特徴だ。
休日の昼間は買い物客でごった返していて、はぐれないようしっかりと、想夜歌の手を握った。心なしか、緊張が手から伝わってくる。
目指すは一角にある携帯ショップだ。
「すまぽ、すまぽっ」
「スマホな」
母さんの許可が出たので、想夜歌のスマートフォンを購入しに来たのだ。幼稚園児でスマホというのも少々早い気がするが、俺や両親が一緒にいることができず一人になってしまうことも多いため、念のため持っていた方が良いという判断だ。保育園とは違い、幼稚園児にもなると行動範囲も広がるしな。
もちろん、この年からゲームやインターネットに依存させるつもりはない。様々な機能が付いたキッズスマホにするつもりだ。
想夜歌はスマホでしたいことがあるというより、スマホを持つこと自体に憧れているようだ。大人はみんな持ってるもんな。
「すまぽっ、すま……たい焼き!?」
調子良く歩いていた想夜歌が、俺の手を引いて突然立ち止まった。フードコートのたい焼き屋に目が釘付けだ。
買ってあげたいけどさっきお昼食べたばかりだからなぁ。たい焼きは意外と腹に溜まるから、夕飯が入らなくなる可能性もある。
目を輝かせる想夜歌に、そっと告げる。
「スマホ買えなくなっちゃうぞ」
「はやくいくよ。お兄ちゃん、とまっちゃだめ」
「あっ、こら走るな!」
家族が使っている大手キャリアの携帯ショップは、地下一階にある。そわそわする想夜歌の肩を押さえてエスカレーターを下り、店に辿り着いた。要件を伝え、整理券を受け取る。
一時間待ちか……いつも混んでいるな、ここは。
「想夜歌、どれにしようか」
キッズスマホは二種類あって、それぞれ三色ずつ展開されていた。
防犯ブザーやGPSがついているので、何かあった時でも安心だ。ブザーが作動すると保護者に通知が行くらしい。電話やメッセージのやり取りも当然できるので、世の親御さんは積極的に持たせて良いと思う。
はっ、ということはいつでも想夜歌の声を聞けるわけだ! 毎時間電話しよう。
「ピンク……きいろ……ピンク……」
キッズスマホの上部に生えた触覚のようなブザーをつんつん突きながら、想夜歌は目を泳がせた。一応、家でカタログを見てきたのだが決めかねているようだ。
残された黒色のスマホが、なんだか哀愁を漂わせている。大丈夫、男の子が買ってくれるさ。
手持ち無沙汰になった俺は、何気なく店内を見渡した。毎年新型のスマホが出るから、正直ついていけない。スマホの買い替えなんて三年に一回くらいしかしないからなぁ。
違いがよく分からない最新機種を見比べていると、見知った顔が視界に入って来た。
「あれ、暁山じゃん」
「奇遇ね」
想夜歌と同じ組の朔と、その姉の暁山澄だ。
弟の手をしっかりと握る彼女は、学校で見るのとは随分と雰囲気が違った。初めて見る私服は、春らしいライトグリーンのワンピースにジャケットを羽織ったシンプルなものだ。口をきりっと結んで睨んでくるが、ついさっきまで朔にデレデレしていたことを、俺は知っている。
「そよかちゃん」
「さくだ! こんちゃです」
おい気軽に話しかけるな。と言いたいところだが、妹の交友関係に口を出すと嫌われるらしいのでぐっと我慢する。代わりに無言のプレッシャーを与えたら、暁山から殺気を向けられたのでやめた。
このお姉さん怖すぎない?
「そっちもスマホ買いに来たのか?」
「ええ。私も母も、常に見ていられるわけじゃないもの」
「キッズスマホがあると安心だよな」
クラスメイトの会話ではなく、完全に子を持つ親同士の会話である。気分はママ友。
「響汰は相変わらず妹さんにべったりね」
「……お、おう」
「なによ」
「いや、突然名前で呼ばれたから」
「想夜歌ちゃんも同じ苗字じゃない」
さも当然のように涼しい顔をしている。一人だけときめいてしまったのが悔しい。
ならばと俺もファーストネームで呼ぼうとすると「私は苗字でお願い」と牽制された。そうかい。
暁山の家庭はシングルマザーで、うちと似たような状況だと聞いている。学校帰りでいつもタイミングが被るのは当然だった。母親は上手く職場復帰しOLをやっているので、夜は定時で帰って来るらしい。
「ピンクにする!」
見本のスマホを高々と掲げた想夜歌が駆け寄って来た。
「さすが想夜歌だ。黄色も似合うのは間違いないが、ピンクこそ最も想夜歌を際立たせる最高の色だな。よし、さっそく買おう」
「これで、そぉかもミサイルうてる」
スマホにそんな機能はない。アニメかなんかに影響されたのだろう。
次いで、朔にも報告に行った。ふっ、所詮お前は俺の後だ。
「さくはどれにするの? そぉかはきいろが良いとおもう。とてもかわいい」
朔の目の前でブザーの触覚をゆらゆらと揺らした。朔はスマホと想夜歌の目を交互に見た後、踵を返して違うコーナーに向かった。
キッズスマホよりも高い位置にある最新機種に頑張って手を伸ばし、おぼつかない手つきでそれを持った。
「僕はこれ!」
キッズスマホは嫌らしい。
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