第4話 妹のお手伝いが可愛すぎる

「るるるーるるーぱぱぱーぱー」


 想夜歌の上機嫌な鼻歌がリビングから聞こえてくる。


 幼稚園に通い出して、最初の週が終わった。帰るたび習った歌を聞かせてくれるので、毎日楽しみにしている。にしても、想夜歌の歌声が可愛すぎる。将来は歌姫確定。

 特に『新入生歓迎会』と称した上級生による歌の発表が印象深かったようで、無限リピート中だ。歌詞は覚えていないのでメロディの一部分だけが永遠にループしている。


「歌上手いな」

「あいとー!」


 ありがとうの言い方が可愛いっ。


「よし、そろそろ夕飯の準備するか」

「する!」


 母さんは今日も遅くまで仕事だ。

 たった二人で暮らすには戸建ての住宅は広すぎて、もっぱら一階部分しか使っていない。リビングからどたばたと走ってきた想夜歌は、満面の笑みで冷蔵庫に突撃する。


 食材の買い出しや家事は基本的に俺がしている。両親が休みなく働いているおかげで金銭的な不安はないものの、やはり大変だ。想夜歌のためなら頑張れるけど!


「そぉか、ステーキに決めた」

「ステーキなんてねぇよ。肉野菜炒めでいいか?」

「ピーマン入れたらおこる」


 冷蔵庫から一つずつ野菜を取り出すのを、監視するようにじっと見つめてくる。

 キャベツ、ニンジン、玉ねぎ……作業台の上に野菜が並ぶのをニコニコ眺めていたのだが、ピーマンが顔を出した瞬間絶望に染まった。


 口を半開きにして、わなわなと震える。


「ごうもん……?」

「どこで覚えたんだ、そんな言葉」


 仕方ない、今日はピーマンなしにしとくか。冷蔵庫に戻すと、笑顔に戻った。コロコロ変わる表情が面白くて、ついからかってしまう。


 想夜歌はせっせと踏み台を運んできて、シンクの前に立った。丁寧に手を洗うと、したり顔で俺を見上げた。


「じゃあキャベツを洗ってもらおうかな」

「まかしぇろ」


 一口大にカットしたキャベツをザルに入れ、想夜歌に手渡す。

 最近はお手伝いが妹のマイブームだ。心身ともに成長しているようで、お兄ちゃん嬉しいよ。


 包丁を使うのは危ないので、野菜を洗うのが彼女の役割だ。


「将来は良いお嫁さんになるな……は? 誰とも結婚させないけど?」

「お兄ちゃんはよく一人でしゃべってる」


 肉と野菜を雑に炒め、塩コショウとブイヨンで味を付ける。簡単な男料理だ。

 二人で使うには広いテーブルに並べ、二人で横並びに座った。


「いただきまーす! 肉うめーです」


 食べる前に美味いって言ってから口に入れるの謎すぎる。

 想夜歌は嫌いなもの以外は本当に美味しそうに食べるから、作り甲斐があるな。


「幼稚園は楽しいか?」

「お絵かきした。たぶんそぉかは天才」

「待て、その絵はどうした? 早く俺に渡せ。スキャンとラミネートとして現物データ両方とも永久保存するから」


 想夜歌のイラストなんてプレミアものだろ……。

 捨てた、と軽い調子で言われたので、拳を強く握りしめる。かくなる上は幼稚園に侵入してゴミ捨て場を漁るしか……。


 いや、それだと本当に犯罪者になってしまう。


 想夜歌が食事を終え食器を片付けるのを見計らい、紙とペンを差し出した。


「うちでもお絵描きしない?」

「そぉかの天才さにおどろけ」


 想夜歌はカーペットに身を投げ出し、黒のマジックを握りしめた。足をぶらぶら揺らす。


「なんて淀みない手つき。才能を感じる!!」


 何を描いているのかはよくわからない。彼女の中では壮大な物語が始まっていることだろう。


 次第に形が鮮明になっていく。ほほう、これは人間……まさかっ。


「これはお兄ちゃんだね?」

「さく」


 さく……朔……暁山の弟……。

 ショックから立ち直るのに、朝までかかった。

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