第3話 妹の送り迎え

 HRが終わると、生徒たちは三々五々散らばっていく。部活に行く者が半分、帰宅するものが半分くらいの割合だ。

 俺はその足で想夜歌を迎えに行く。妹の送り迎えができるとか、最高かよ。


 幼稚園までは自転車で約二十分の距離だ。そこから家までは徒歩圏内なので、俺にとっても想夜歌にとっても苦ではない。

 チャイルドシート付きのママチャリに颯爽とまたがって、幼稚園へと向かった。


「待ってろよ想夜歌!」


 逸る気持ちを抑え、安全運転を心がける。自転車は左側通行が原則だ。お兄ちゃんとして、交通ルールは守らないとな。


 駅とは反対側だから、同じ道を通る生徒は少ない。すぐ隣に国道が通っているので、車通りが少ないのも良いところだ。


「うぉおおおおお」


 安全に留意しつつ全力疾走。卒業するころにはママチャリでツールドフランスに出られそうじゃないか?

 そんな甘い野望を打ち砕く音が、背後から迫った。


「馬鹿な!? 俺に追いつくやつが?」

「路上で騒がないでもらえるかしら。同じ高校の生徒だと思われるだけで不名誉だわ」


 涼しい表情で現れたのは暁山だった。

 イマドキの女子高生よろしく、限界まで短くしたスカートがひらひらと揺れた。自転車には向かないと思うんだけど、意外と見えないんだよな。いや、見ようとなんてしたことないけど。本当に。


「俺に追いつくなんてなかなかやるな……って、まさかっ!」


 優雅に座った暁山が、俺の横を通り過ぎて前に踊りでた。彼女もママチャリだけど、俺とは決定的に違う部分がある。


「電動……! お前、まさか電動自転車を使っているのか!?」

「あら、どうしたの? そんなに必至に走るから、春先なのに汗だくじゃない」


 勝ち誇ったように笑って、暁山はさらにスピードを上げた。


 電動自転車。それは、電気の力を借りて苦労せず走ることができる、上流階級の乗り物。

 完全にレギュレーション違反だ。送り迎えは由緒正しい、ギアなしチャイルドシート付きママチャリが伝統的な装備のはず……!


 全国のママさんたちのためにも、迎えを待つ想夜歌のためにも、ここは負けるわけにはいかない!


「あ、言い忘れていたわ」


 本気を出そうと立ちこぎに移行した瞬間、暁山がスピードを緩めて並走してきたので前につんのめった。


「弟のことや私のこと、学校で言わないでちょうだい」

「ん? なんでだ? 隠すようなことじゃないだろ」

「私のせいで朔に何かあったら困るもの。どうやら、私はあまり好かれてはいないようだし」


 暁山澄は、男子の中じゃ憧れの存在として一定の評価を得ている。玉砕覚悟で告白してあえなく散る生徒も後を絶たないが、ネタにこそすれ悪く言う者はほとんどいない。

 でも、女子生徒の中では違う。振られた男子が好きだった子、仲良くしようとしない態度に腹を立てる子、美人ともてはやされるのが気に入らない子……。暁山みたいなタイプは、往々にして敵を作りがちだ。


 学年一位で、常に澄ました顔をしているのも、それに拍車をかけている。幸いイジメには発展していないが、これ見よがしに悪口を言う姿はたまに見かける。


「気にしすぎじゃないか?」

「私はそうは思わないけれど、仮にそうだったとしても、朔が不幸になる可能性があるなら全て潰すわ」


 俺だったらどうするだろう。

 間違いなく、暁山と同じ選択をすると思う。自分に何か不利益があったとしても、想夜歌が幸せになる道を選ぶ。だから、彼女の考えは理解できてしまう。


「でも、弟の前みたいな態度ならあんまり嫌われることないと思うけどな」

「それは……その……平たく言うと人見知りなの」

「俺の前だと普通じゃん」

「不覚だわ……入園式で少々気分が良くなってしまったの。それに、あなたの場合は朔と妹さんがいたし、一度見られてしまったから吹っ切れたのだけれど」


 無感情を気取っている時より、今みたいに素直に話している時の方がよほど魅力的で、人気が出ると思う。表情はあまり動かないけどよく見ると感情豊かだし、弟に見せる柔らかい笑顔も、案外話しやすいところも、もっと表に出せばいいのにな。


「そういうことだから、学校では内緒にしておいてちょうだい」

「まあいいけどよ」


 幼稚園に着くまですまし顔だった彼女だったが、弟の姿を目にした途端に破顔し、駆け寄っていった。

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