第2話 待ち受けの妹が可愛すぎる

「ぐへへ……」


 休み時間にスマホを開くたび、画面の中の想夜歌が笑いかけてくれる。今の壁紙は、入園式で撮った肩車の写真だ。日替わり待ち受け候補のストックはまだまだある。

 


「響汰、おはよう。今日も気持ち悪い顔してるね」

「仕方ないだろ、妹が可愛すぎるんだから」

「まずは気持ち悪いってところ否定しようよ」


 俺の評価はどうでもいいから、想夜歌の魅力を知ってほしい。

 きし瑞貴みずきとは二年連続で同じクラスだ。俺の妹好きには理解を示すものの、未だ想夜歌の良さは分かっていない。


 隣の席に勝手に座り込んで、俺の手元を覗き込んでくる。


「あれ、想夜歌ちゃん、ぜんぜんカメラ向いてなくない? まさか盗撮……」

「撮りすぎて嫌がられた……」

「あちゃー、どんまい。入園式だもんな、テンション上がるのも分かるよ」


 瑞貴、なんて良い奴なんだ。目はドン引きしている気がするけど。


「普通にカッコイイんだから、そのシスコンっぷりだけ隠せばモテるんじゃないかな」

「正統派イケメンに言われても嫌味にしか感じないんだが?」


 そして、隠す必要性を感じない!

 想夜歌が可愛いのは世界の常識だからな。


「僕は別にモテたいわけじゃないんだけどねー。意外と苦労も多いんだよ。今朝も後輩から告白されちゃったし」

「お前、全男子生徒を敵に回したぞ」


 瑞貴が所属するテニス部はマネージャー希望者続出らしい。やむなく定員を設けたら、今度は女子テニス部に流れたとか。

 こいつの場合、モテることを自覚しているからタチが悪い。口では文句を言いつつ、その状況を利用することも多い。だけど良い奴だから男受けもいいんだよなぁ。


「響汰は恋愛とか興味ないの? あんまりそういう話聞かないよね」

「そりゃ、興味ないってことはないけど。放課後と休日は想夜歌の面倒を見ないといけないからな。理解のある子じゃないと難しいかも」

「バツイチ子持ちみたいな発言だね」


 保育園であれば延長保育や休日保育の制度もあるし、一時期利用していたこともある。しかし年中保育園に預けっぱなしというのは、さすがに可哀そうだ。


「そうは言ってもさ、学校で恋愛しとくのも悪くないと思うよ」

「頑なに彼女作らないやつがよく言うわ」

「僕は友達の方が大事だからね」


 高校生といえば青春。青春と言えば恋愛。誰もが好きそうな、短絡的な発想だ。

 想夜歌のことがなければ、俺も好きな子の一人くらいできたのだろうか。そんな仮定は無意味だし、想夜歌がいない生活なんて考えたくもない。妹最高!


「例えばさ、暁山ちゃんとかどう思う?」

「……なんで暁山?」


 突然出てきた名前に、ふと土曜日のことが頭をよぎる。

 弟を前に控えめながら上機嫌だった彼女は、窓際の席で文庫本を読んでいる。まるでそこだけ空間が切り取られたように静寂に包まれていて、誰も話しかけようとしない。

 あまりの無表情に、先日の記憶は幻だったんじゃないかという気さえしてくる。それくらい、幼稚園で見た彼女とギャップがあった。


「彼女さ、俺が話しかけても塩対応なの。新鮮で嬉しかったなぁ」

「お前に被虐趣味があったとは驚きだ」

「まあ冗談はともかく、響汰みたいなタイプはああいう大人っぽい子がいいんじゃない?」


 大人っぽい、ね。

 幼稚園での彼女は年相応の、弟思いのお姉ちゃんって感じだった。


「その暁山なんだけどさ、実は――」


 弟が想夜歌と同じ幼稚園でさ。そう続けようとした時。

 息ができなくなった。


 突然気温が数度下がったかのような感覚だ。謎の圧力を感じて視線を動かすと、人でも殺してそうな目をした暁山が、こちらを睨んでいた。間違い、十人は殺ってる。


「ん? 暁山ちゃんがどうかした?」

「い、いや、なんでもないんだ。そう、なんでも」


 辛うじてそう絞り出すと、空気が弛緩した。暁山は何事もなかったかのように、本に視線を戻している。

 喋るなってことですかね……?

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