【書籍化】クラスメイトがママ友になった。
緒二葉@書籍4シリーズ
第1話 妹の入園式が可愛すぎる
うちの妹は世界一可愛い。
「
「そぉか、つかれた」
疲れた表情もまた愛らしい。この日のために奮発して買ったデジカメを構えて、何度もシャッターを切った。
いくら妹ラブを公言して憚らない俺でも、常に写真を撮りまくっているわけではない。せいぜい一日に数回……十数回くらいだ。
でも、今日くらいは許して欲しい。なぜなら、幼稚園の入園式だからだ。これでテンションが上がらなかったらお兄ちゃんじゃない。
小さかった妹が真新しい制服を着て幼稚園にいるってだけで、成長を実感して涙が出てくる。ブレザーとスカートを着た想夜歌は大人っぽくて、でもやっぱり背伸びしているようにしか見えなくて、微笑ましい。赤いペレー帽の被り心地が気になるのか、しきりに頭に手をやって直している。
同じ組になる男の子は、想夜歌の取り合いになるんじゃないか? 誰にも渡さないけどな。
「入園式が土曜日で良かった……」
いや、平日だったとしても高校を休んだだろうから、あまり関係ないか。幼稚園が始まるのは高校の始業式より後だけど、二年生の最初の授業なんてどうせ大したことやらない。
「ママもきてほしかった」
「想夜歌……」
木の幹に寄りかかって、想夜歌がそっと目を伏せる。彼女に覆いかぶさる満開の桜は、小さな身と比べるとあまりにも大きい。
想夜歌が朝から落ち込んでいるのは、せっかくの晴れの日に母さんが仕事に行っているからだ。いや、今日だけじゃない。父さんは海外に単身赴任。母さんは想夜歌が一才になって保育園に預けられるようになると、すぐに職場復帰し毎日忙しくしている。休みは滅多になく、帰ってくるのは想夜歌が寝てからだ。
俺の時もそうだった。今でこそ彼らの大変さも理解できるが、当時は納得できなかったなぁ。
想夜歌はまだ母親に甘えたい年齢だ。代わりと呼ぶには、俺一人じゃ力不足だ。
俺にできることは、目いっぱい愛情を注ぐことくらい。
「よし、今度は二人で写真撮ろうぜ。肩車してあげる」
「……うん!」
俺は想夜歌を持ち上げて、肩に乗せる。もし将来禿げたら、お前が引っ張ったせいだって言ってやろう。結構痛い。でも、想夜歌が楽しいならそれでいいんだ。
スマホを取り出して、自撮りする。もう背景なんて関係ない。青空をバックに、想夜歌の笑顔を収める。
「よっしゃ、回るぞ! うぉおおおおおお」
「お兄ちゃん、うるさいっ」
「心配すんな、今日は入園式だからな!」
周りの若ママさんたちも大はしゃぎだから、ちょっと目立つけど奇異の目を向けられることはない。想夜歌も口では文句を言いつつ「きゃー」と楽しそうだ。
両親が家にいなくたって、俺が想夜歌の笑顔を守る。そう決めている。
「
「姉ちゃんうるさい」
想夜歌を降ろして一息ついていると、背後から早口でまくしたてる女性の声が聞こえてきた。やっぱどこの親もこんなもんだよな、となんとなく視線を向けた。
色白の少女が、たった今撮った写真を確認して満足気に頷いている。控えめに口元を緩め、スマホを素早く操作した。肩口まで伸びた内巻きのセミロングヘアがさらりと揺れる。
少し遅れて、彼女が知り合いだと気が付いた。普段とあまりに印象が違う。
俺の視線に気が付いて、こちらを向いた。よっ、と手を上げると、彼女は表情を消した。
「
「えっと、
「おっ、覚えられているとは思わなかった。今年からクラスメイトになった昏本
暁山
その上、教室では誰とも話さず常に本を読んでいて、笑顔を見せることはない。話しかけても塩対応で、男子の間じゃ高嶺の花と話題だ。
暁山は俺と想夜歌を交互に見たあと、ため息をついた。
「呆れた。幼女趣味をこじらせて、幼稚園に侵入したのね。クラスメイトに犯罪者が出るのは気が引けるけれど、市民の義務として通報するわ」
「なんでだよ! 妹だ。可愛いだろ?」
「朔ほどじゃないわね」
クラスメイトの意外な一面に驚いた。こいつ、こんな柔らかい表情をする奴だったんだな。
まともに会話するのは初めてだけど、下の子という共通の話題があるからか、普通に会話できた。
「そぉかです。よろしくね!」
「……さく」
「今日はお兄ちゃんがうるさいです」
「わかる……!」
さすがうちの妹! お兄ちゃんをダシに、さっそく意気投合しているぞ!
この様子なら幼稚園生活も心配なさそうだ。
「なんてこと……初日から朔に女の影がっ」
「お前、学年一位だけどバカだろ」
暁山の中で、阻止したい気持ちと友達を作って欲しいという気持ちがせめぎ合っているのが、傍から見ても分かる。コロコロと表情が変わって忙しない。教室じゃ無表情を貫いているのが嘘みたいだ。
想夜歌は暁山の弟に向かって、一方的に話しかけている。保育園でも良くしゃべる子だったらしいからなー。彼は想夜歌の勢いに押され気味で、辛うじて相槌を打っている。
「待て、想夜歌。あまり話し掛けると勘違いされるぞ? ちゃんとお兄ちゃんが大好きだってこと伝えなさい」
「勘違い? 何を言っているのかしら。女の子が朔に惚れないわけがないじゃない」
「は? 想夜歌ほどの美少女がそこらの男を相手するとでも?」
一触即発。本気の睨み合いが勃発した。
しかし、会話をやめて不安そうに見上げる幼子二人のおかげで戦争は回避された。危ない、妹のために世界を滅ぼすところだった。
思わず吹き出して、暁山と笑い合う。
「じゃあそろそろ行くわ」
「あっ、その前に……」
パシャ、とスマホのシャッター音が響いた。
暁山がカメラを向けた先では、想夜歌と朔が笑い合っている。幼稚園でできた最初の友達だ。仲良くしてほしいな。あくまで健全に。
「お兄ちゃん、おなかすいた」
「おう、今日は肉とケーキを買ってあるぞ」
「ケーキっ! ぜんぶそぉかのです。お兄ちゃんの分はなし」
「まじで?」
想夜歌を抱き上げて、帰路につく。すぐに寝息を立て始めた。
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