第5話 それが正しいと思うから

何か裏がある。

そう思うからこそ勇太は逆らわず外出着に着替え圭介と共に部屋を出た。

しばらくして二人は、公園の芝生の上をさくさくと歩いていた。先に口を開いたのは圭介だった。


「俺も学校早退してきたんやで。早くお前と話がしたくてなー」

「何を話したい。早く本題を言え」

「何凄んでんの?そんな顔せえへんでもええやろ?」

「……見たんだろ?昨日。俺の力……」

「力ぁ? 俺が見たんは川に沈んだ猫がなんやぽーんと浮き上がってお前がそれを抱きかかえた所やで?…それだけや」



「……え?」


勇太は圭介を見た。

「ええんやないの?正しいと思う事をするのは。ただ結果は良くてもその過程を他人がどうみるかやな。

 どんなにええ事しても人間が作ったルールを犯してしまうんは世間から疎まれる。罰せられる。排除される」


「人間のルールは時に身勝手や。『人のものは盗ってはいけません』なんてオーソドックスから始まり

『ものは勝手に浮くものではありません』という決め付けもある。それらを犯した者は犯罪者や、異能者や」


「でも俺は時には必要な盗みがあってもいいと思ってる。

      何かを助ける為にものが浮いたっていいと思っている。違うか?」


ニィっと圭介が笑う。


「…………。」


勇太は言葉を無くし立ち尽くす。



「圭介…お前は一体……」



勇太が口を開いた瞬間、後ろで悲鳴が上がった。

「だ、誰か!私のバッグ~!ひったりくよ~!」


中年の女性が道に座り込み助けを求めているのが見えた。

その先を女性のものと見られる黒皮のバックを小脇にかかえたフルヘルメットの男が。よく見ると手にはナイフを握っている。

「邪魔だ!どけ!」

男は勇太達のいる道へ走ってくる。一瞬勇太は迷う。ここでまた力を使えば見知らぬ人にも力の事ががバレてしまう。

男は逃げる邪魔さえしなければ他に害を成すことはなさそうだ。

(・・・ここはじってとしてるしか・・)

勇太は苦渋の思いを抑え黙って通り過ぎるのを待った。


「!?な、ない!?」


突然男の声がした。

「バッグはどこだ!?ナイフは!!!?」

「はいー。バッグとナイフは預からしてもらいましたぁ」


「!?」

なんとも暢気な口調で圭介が言う。その手にはいつの間にか男が持っていた女性のバックとナイフがあった。


「野郎!いつの間に!」

それは勇太も思った。

男が勇太達の前をと通り過ぎた瞬間に起こった出来事。一体何が起こったんだ?

勇太がそう思うが先に男は圭介に飛び掛っていった。


しかし圭介は素早く身をかがめ男に足払いを食わせる。男は見事に横倒しになる。「うお!?」

「くらえ!必殺ジョンベルトキックや!!」

起き上がろうとした男にすかさずび蹴りを食らわす。

「ぐわぁ!」男はたまらず吹き飛ぶ。「どんなもんや!」圭介が得意げにポーズをとった。



「…ジョ……?」

その一部始終を勇太はぽかーんと見ていた。

(なんだこいつすげぇ…。いやしかし……)

この一瞬のアクション劇に驚きを隠せないながらも、それよりももっと気になる事を聞いてみた。


「…ジョンベルトって…昨日言ってたジョンベルト・作太郎?」

「せや!俺の地元での有名なプロレスラーや!」

えっへん!とまたしても圭介が怪しげなポーズを取る。

「…あっそ…。レスラーね……。そもそも本名ですらなかったわけね…芸名かよ!」


勇太にとって何か裏がるイメージがあった圭介が、憧れのプロレスラーの技を高々と叫けんだり、

技が決まって得意気になっている姿は案外子供っぽいものがあった。

勇太はなんだか何もかもどうでもよくなり先ほどまでの緊張感はヘナヘナと消えていた。

「なんなんだよ…こいつ……  あ、」

そんな目の端にあの男が動き出したのが見えた。

「こ、の…、よくも……っ!」


男は怒りを圭介に向け、ナイフを手に突進して来た。

「圭介、あぶな……!!」

圭介が気づく前に勇太が駆け出す。頭の中が真っ白にスパークした。



 そうだ。誰かを救うのにどうこう考える前にいつも体が動いていた。

 だって、それが正しいと思うから。



「勇太!?」

ドン!っと勇太が圭介にタックルする。そして―

圭介のわき腹を狙っていたナイフは宙を裂く。


ドボーーーン!!


数メートル後ろにあった池から水柱が上がった。

その中心からは先ほどまで芝生の道に立っていたはずの勇太と圭介が顔を出した。

「な!なんだ!?どこにいった!?」

ふいに目の前の目標を見失った男は何が起こったか理解出来ず、ただ怯えるように周囲を見渡すしか出来なかった。

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