5-2
夕食は、無駄に豪華だった。
大国寺としての暮らしが日常化していただけに、いっそう豪華に見えた。
誠の両親も、祖父母も、兄貴も、その嫁さんも、俺のことを、お狐様と呼び気を使ってくれる。
まるで殿様気分と言ったところだろうか?
酒もすすめられたが、やんわりとお断りし。
他の人は好きに楽しんでもらった。
途中から真弓の家族もやってきて、まるで宴会だ。
誠の記憶から考えると、今年は豊作であり。
台風の被害にでもあわないかぎり、俺なんかを恐れる必要は、ないように思えた。
テレビや冷蔵庫等の家電も普通にあって。
お寿司とかの生鮮食品も、あたりまえのように大皿に盛られている。
これだけの物が、簡単にそろえられる暮らし。
もう、じゅうぶんだろ。
久しぶりに美味い飯を食って満足したことはした。
だから、終わりにしてほしかった。
隣にエルが居ない。
その穴を埋めるには、方向性が違い過ぎる。
普段は、風呂に入る順番さえ決まっている家庭なのに、今日は俺が一番先。
誠としての自分が少なからず喜んでいるのが分かって、イラついた。
当初は嫌で嫌で、しかたがなかったはずの大国寺としての暮らし。
それが、今となっては戻りたいとすら思える暮らしになっていたのだと痛感する。
「ちくしょう……」
便利なシャワーにシャンプー。
欲しかったものは何でもあるのに物足りない。
むしろ、何でもあるからこそ足りないモノの大きさを実感していた。
鏡に映った誠の顔は、なかなかの好青年だったし。
それなりに鍛えている身体は、引き締まっていてカッコいい。
大国寺との差を見れば見るほど、恵まれているのが良く分かる。
それなのに――
ボーナスステージと言ってもいいくらいの環境が、かえって面白くなかった。
以前の俺なら、確実に真弓を押し倒して楽しんだだろうに……
今は、そんなことに興味すらなくて。
それどころか寝て起きれば状況が改善してるかもしれない。
なんて思ってしまっているくらいだ。
そんな、事を考えながら布団に入ってみたものの、なかなか寝付けなかった。
*
朝ではなく、目覚めたのは昼近かった。
昨日と変わらず殺風景な誠の部屋。
学校には、行かなくていいことになってるので、起こされなかったというのもあるんだろうが……
こんなにも、のんびりとした時間を味わうのは、すごく久しぶりな気がした。
だからだろう、どうしても前の夢物語のことばかり考えてしまう。
適当に着替えてからリビングに行くと誠の母親が居て、てきぱきと俺の朝食を用意してくれた。
それを、食べ終え。真弓と話がしたいから出かけたいと言うと――どうぞお好きになさってくださいませ、と言われた。
真弓の住む田中家とは隣同士ということもあり古くからの付き合いであり。
誠と真弓は幼馴染ってことになる。
真弓の方が2歳年上なので、高校を卒業してからは花嫁修業として家事全般をこなしている。
ってのが、簡単な状況説明といったところか。
はっきり言って、どうでもいいことだな。
なにせ、俺は――
この夢物語からの脱出を第一に考える事にしたからだ。
道場に行くと予想通り、真弓は一人で弓を引いていた。
長い黒髪を一つに束ねたポニーテールが良く似合う。
弓道と、柔道に剣道。その全てにおいて、真弓の実力は誠の上を行く。
それも含めて誠は真弓に惹かれているって設定。
問題は、真弓の気持ちが誠いがいに向いていることであろう。
「こんにちわ」
俺が、普通に挨拶すると、真弓は慌てて俺の方に近づいて来た。
「まこ……じゃなかった、お狐様、なんの御用でしょうか?」
「誠でいいよ」
「で、ですが……」
「それから、丁寧な言葉づかいとかもいらねぇ」
真弓は、少し悩んだあと、分かりましたと言った。
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