真っ直ぐな気持ち
5-1
俺は、お狐様と呼ばれ、自室に軟禁状態となっていた。
特に、コレといった趣味を持っていない者らしく殺風景な部屋。
少なからず、ラジオは聞いてたみたいで小型のラジカセがあった。
そして真弓の姉でもあり。
この町で唯一の医者でもある
元は悪くないのだが、がさつで、性格も、どちらかというと、あまりよろしくはない。
町に医者が居なくなったのと、結婚したくないから、医者になったという経緯の持ち主。
他に適任者がいないからという理由で、俺の相手をすることになったという流れだ。
「なぁ、お前さんは、いったい何者だ?」
「そんなのは俺が一番知りてぇよ」
大国寺としての日常が、それなりに濃かったせいだろう。
自分がどこの誰なのか、かなりあやふやになっていた。
「なるほど、それなりに話は聞いちゃいたが……誠とは思えん口ぶりだな」
「そりゃ、中身が入れ替わってるんだ、とうぜんだろ?」
「ふっ。そこまで自覚してて、きっちりと話ができる狐憑きなんて初めてだもんでな。私自身どう対処したもんかと考えあぐねているところさ」
「俺だって、似たようなものですよ」
できることなら、こんなところさっさとおさらばしてエルの所に行ってやらなくちゃいけないってのに――どうしたらいいのかさっぱり分からなかった。
こうしている間にもエルにもしもの事があったらと思うと気持ちが落ち着かない。
お別れの時期は、いずれ来るとは思ってはいた。
でも、あんな感じじゃなくたって良かったはずだ!
「まぁ、とりあえず悪意がなさそうで、安心したよ」
「そうですね、一刻も早くコイツの身体から出ていくってのが俺の目的ですからね」
「つまり、お前さんの意思とは関係なく誠にとりついちまったってことかい?」
「ですね……」
狐憑きってのがなんなのか、よくは分からんが、社様みたいな扱いなんだろう。
下手に扱うと不作を招きかねないとかって話だったし。
形式上こそ、軟禁状態だが、反感を買わないための対処法だと思えなくもなかった。
俺に接するときの態度とかもかなり気を使ったものだったからな……
あの慌てふためいた状況から察すると、おそらく田中家と竹下家とで今後の方針を話し合っているところだろう。
なんとなくだが、今までの流れからすると真弓の好感度を稼げば、この夢物語から覚めて次の物語が始まる気がするのだが。
俺は、そんなことは望んでいない。
一つ前の物語に戻ってエルを助けてあげたいのだ。
どうしたら戻れるのか?
まったく見当がつかないまま、この物語を終えてしまうと逆に、エルとの接点が遠ざかってしまうような気がして怖かった。
「なるほど……話が通じるってことは、何が欲しいかも聞けるって判断していいってことだよな?」
「なんですかそれ?」
「供物だよ供物。お前さんに捧げる供物さ」
「や、別に、特にないですけど……」
「酒だろうと女だろうと、なんでもいいんだぞ?」
含み笑いを浮かべる由美子さんに対し俺は、冷静にこたえる。
「なに言ってるんですか。誠には婚約者がいるじゃないですか」
「まぁ、そう言うな。どうせ真弓にしたって結婚には乗り気じゃないんだ。お狐様のお陰で婚約破棄って事にでもなれば、真弓も喜ぶだろう?」
「でも、誠は真弓のこと好きですよ」
「それはそれ、これはこれさ。お前さんが真弓みたいな女が好みってんなら話は、かわるが。そうでもないんだろ?」
「ですね」
確かに見た目は悪くない。美少女と言ってもいいレベルだ。
形だけとはいえ、道場の跡継ぎとして鍛錬をかさねてきた身体は引き締まっているし。
性格も悪くない。
きっと結婚したら、いい嫁になってくれることだろう。
誠が婿養子の話に飛びついたのもうなずける。
でも、俺の頭はエルのことでいっぱいだった。
せめて、もう一度だけでも会いたかった。
会って、頭を撫でてやりたかった。
目の前に、いつでもOKな女が居たとしても俺の気持ちが変わる気がしない。
それとも、大国寺のときがそうだったように――
いずれは誠として生きる事に違和感を感じなくなってしまうのだろうか?
答えはでないまま日は暮れていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます