4-20
近寄って行き話をしてみると、太郎の親父さんだった。
悪い意味でも俺は有名人だからな、俺が知らなくとも相手が俺を知っていて当然と言えば当然だろう。
「いやぁ~。いつもありがとうございます! おかげさんで、うちのバカ息子も少しはマシになりましたよ!」
「いえいえ。俺なんてきっかけを与えてやったくらいで、頑張ってるのは太郎達自身ですから」
言ってやりたかった、心の底から言ってやりたかった。
あんたの息子は、けっしてバカじゃない!
悪いのは教師のほうだったのだと!
「まぁまぁ、社様! そんなに、けんそんしないでくださいよ。って、ことで、はい。どうぞ」
太郎の親父さんが、焼きたてのトウモロコシを、二本差し出してきた。
「え! いいんですか!?」
「いいもわるいも、いっつもめんどう見てもらってるんだから、このくらいさせてくださいよ!」
「では、遠慮なく頂きます!」
「太郎さんのお父さん、ありがとうございます」
エルも俺と一緒になって頭を下げる。
「はいよ! おじょうちゃんがエルちゃんかい?」
「はい」
「聞いてた通り。かわいいねぇ。熱いから、やけどしないように食べな!」
「はい。分かりました」
親父さんからもらった焼きトウモロコシを一口かじると――!
香ばしい醤油の香りにジュワっと弾けるトウモロコシの甘味は思っていた以上に強烈だった。
「うまい!」
「でしょう! なにせ今日とってきたヤツですからね!」
太郎の親父さんは得意満面な笑みを浮かべていた。
そういえば、太郎の親父さんって農業もやってるとかって言ってたっけ。
それにしても、驚いた。
まさか、トウモロコシでこんなにも感激させられるとは思わなかった。
「パパ! トウモロコシ、すっごく美味しいです!」
「だな! 俺も、こんなに美味いの初めて食べたよ!」
「あはははは! 社様に、そこまで言われちゃしかたがねぇ。どうだいもう一本いっとくかい?」
「いいんですか!」
「いいって、いいって! 社様には、いくらお礼しても足りねぇくらいだからな!」
好意に甘える形で俺達は、トウモロコシを2本たいらげた。
ごちそうさまでしたを伝えると、今度は後ろから声がかけられた。
「社様! 社様! こっちにも寄って行ってくださいよ!」
振り向くと、肉屋のおばちゃんが焼き鳥を焼いていた。
歩み寄り、形だけと思いながらも挨拶をして。
本音を、ぶちまけた。
「スイマセン。俺、金、持ってないんで……」
そんな俺に対して肉屋のおばちゃんは、手をパタパタさせながら笑う。
「いやだよ~。社様ったら。社様から、お金なんてもらえるはずないじゃないですか!」
「いや、そうは言っても……」
やはり、タダでもらうには気が引ける。
しかし、肉屋のおばちゃんは、一歩も引き下がらず。強引に、俺達に焼き鳥を押し付けてきた。
「はいはい。社様に食べてもらえれば商売繫盛まちがいなしってね! いいから、冷めないうちに食べとくれ!」
「分かりました! ありがとうございます!」
「ありがとうございます」
俺達は、またしても好意に甘え焼き鳥をいただいた。
その後も、声をかけられては、タダでごちそうになるを繰り返し。
俺も、エルも、お腹いっぱいになり――帰路についていた。
「やっぱり、パパは、すごいです!」
「そうかな……」
「はい! 皆、嬉しそうにしてました!」
エルは、満面な笑みを見せてくれている。
流れ的には、悪くない。
少し悩んだが、フラグを立ててみることにした。
「なぁ、エル?」
「なんですか?」
「大きくなったらパパのお嫁さんにならないか?」
「はい! わかりました! 私は、大きくなったらパパのお嫁さんになります!」
思った以上に好感度を稼いでいたんだろうか?
今日一番の笑みを浮かべてくれた。
ちょっぴり胸が痛む、なにせただの冗談だからな。
でも、フラグは立ったはずだ。
もし、これで抜け出せなかったらどうしよう……
とは、思うが、なにかしら達成した感じはする。
――市川家に戻り、俺達の部屋についたところで、エルの様子がおかしいのに気づいた。
さっきまで普通に歩いていたはずなのに、急にうずくまったと思ったら息を荒げていて。
額にも汗がにじみ出ている。白い肌も、見たこともないくらい赤みが色濃く出ていた。
「おい! エルどうした!?」
「ごめん、なさい、パパ……」
その言葉を最後に、エルは倒れ込み気を失っていた。
――とにかく医者だ!
正夫さん達に声をかけようと思ったところで足元から崩れ去るような感覚がして視界が暗転――
*
「え! あれ……」
「ちょっと大丈夫!?」
急激に流れ込んでくる
今は、道場にいて、婚約者でもある
俺は、投げ飛ばされてひっくりかえっているところだ。
――そんなことは、どうだっていいんだよ!
慌てて起き上がって声を張り上げる。
「おい! エルはどうした!?」
「はぁ、もしかして打ちどころ悪かった?」
「ちくしょう!」
こんなヤツと話しても、らちがあかないと思った俺は、道場を飛び出し――
門をくぐったところであぜんとして、ひざをついた。
見たこともない田園風景が広がっていたからだ。
まるで、それは――
エルとの物語の終わりを語っているかのようだった。
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