4-19


 お酒の配達を無事に成功させたのが良かったのだろうか?

 夏祭りの前日ともなると、お酒の配達の手伝いで手一杯なくらいだった。

 なんでも社様にお酒を運んでもらうと縁起が良いらしく。

 めちゃくちゃ暑い中、荷車を引っ張りながら指定された家々に配りまくっている。

 にじみ出る汗を、首にかけた手ぬぐいで拭いながらの配達は、けっこうつらい。

 行く先々で、何度かお茶をごちそうになった。


 それにしても、すげーよな、このドリームワールドの住人達って。

 後払いを全く気にしていないんだもんな。

  

 まぁ、そこに付け込んで酒代を、他の人に払わせてた大国寺っていう悪人もいたんだけどな!


 幸いな事に――俺は、酒なんかにゃ興味ないし、すすめられても断っている。

 酒飲んで、問題を起こしてきた実績だけは、それなりに記憶の片隅に存在しやがるからだ。


 全ての配達を終え、市川屋に戻ると皆きちんと与えた課題をこなしてくれていた。

 間違ている部分を個別に見てやって、教えてやれば理解してくれる。

 実に良く出来た生徒達だと思う。

 金があったら、ご褒美としてなにか買ってあげたいくらいである。 


 まぁ、無一文どころか、そんな金あったらまずは、藤山さんに金返せって話になっちまうんだろうが……


 明日と、明後日は、お祭りだから勉強会は無しって事で解散し。

 俺は、エルと一緒に銭湯に向かった。



 祭りの日だからだろうか?

 どことなく、町全体が浮足立っているような不思議な感覚がした。

 買い物代行サービスも、それなりに需要が出てきて――特に今日は忙しい。

 それなりに、町の人たちから信用されていると思うと、純粋に嬉しかった。


 なにせ、悪人が、人から感謝されるレベルに昇格したんだもんな……


 なんだかんだで、もう一月以上このドリームワールドでの暮らしが続いている。

 この夢物語から脱出するという目的に変わりはないが。

 少なからず、もう少しこのままでもいいかなぁ――なんて思ってしまう俺がいるのも確かだった。

 その原因は、やはりエルの存在だろう。

 俺の事をパパと呼び、信頼の眼差しを向けてくれる可愛い娘。

 そんな娘と俺は、神社へと徒歩で向かっていた。

 エルがお祭りを見てみたいと言ったからだ。


 まぁ、ここ最近。勉強仲間が、お祭りの話題ばかりしてたので興味を持ったといったところだろう。


 そこで正夫さんに聞いてみたところ、せっかくのお祭りなんだから、好きにすればいいと言われ、今にいたる。

 夕暮れ時とまではいかないが、だいぶ日差しも傾いていて、昼間に比べれば、だいぶ暑さもやわらいでいた。

 神社が近づいて来るにつれ、聞こえてくる笛や太鼓を主とした祭囃子まつりばやしの音が大きくなってくる。


 これで、金があったらエルに何か買ってやれるのだが……


 本当に見るだけで満足できるものなのか、ちょっと不安だったりもする。


 いくら賢くても、やはり子供だからなのだろうか?

 階段を上る速度が前よりも段違いで早い気がする。

 ワクワクが、おさえられないみたいだった。

 そんなエルを見て、思わず自分の顔がだらしない笑みを浮かべているのを実感する。


 今日くらいは、だらしなくてもいいか。

 どうせ、店の手伝いも今日は、終わりでいいって話だったし。


 境内に入ると――


 それなりに、屋台が出ていた。

 思っていた以上に人も多い。

 美味しそうな匂いに釣られて、ついゴクリとのどを鳴らしてしまう。

 どうやら、エルも同じだったようで固唾を飲んでいた。


「ごめんな、エル。俺、金、持ってないから、何も買ってやれない」

「大丈夫です」

「そうか? 悪いな……。それと、迷子になったら困るから手をつなごう」

「はい、分かりました」


 なんとなく、右回りで屋台を見て歩こう。

 そう思った、瞬間――声をかけられた。


「あ、社様じゃないですか!」


 声のした方を見ると、見たこともないおっさんだった。

 ねじり鉢巻きをして、トウモロコシを焼いている。

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