4-18


 買い物代行サービスも、塾講師の真似事も思った以上に順調だった。

 分からないところが、分かるようになるまで丁寧に教える。

 たった、それだけのことで目に見えて成果が上がっていた。


 そんな中――


 夏祭りが近くなり、酒屋さんから大口のお手伝いの依頼がまいこんだ。

 お酒の配達である。

 俺は、出来るかぎり、ノートに問題を書いてやり。酒屋さんに向かった。

 荷車に積まれたお酒は、かなりの量だ。

 これを、神社の社務所まで届けてほしいと言うのが今回の仕事。

 話を聞いた瞬間――逃げ出したくもなったが、ぐっとこらえ頑張ってみる事にした。


 神社の近くまで行くだけでかなり体力をつかっちまったが、ここからが本番。


 最初こそ、欲を出してなるべく少ない回数で済まそうとか考えたが……

 すぐに諦めた。


 だってさ、一升瓶持ってなくたってけっこうキツイんだぜ。

 数えたくもない階段は100近くありそうだし……

 間違って割ったりでもしたらマイナス評価がつきかねん。

 だから、太郎達がきちんと自習してくれてるのを願いながら何回も往復して運びきったのだ。


「お疲れ様です、社様」


 そう言って、良く冷えたお茶を出してくれたのは初めて見る婆さんだった。

 とても上品な感じのする人である。

 なんでも、この神社の管理をしてる人らしい。

 お茶を一気に飲み干すと、すかさず水滴の付いたヤカンから茶を注いでくれた。


「それにしても、すごいですね! 井戸水で冷やすと、こんなにも美味しくなるものなんですね!」

「それはそれは、ありがたいお言葉です」

「いや、俺なんかにそんな、かしこまらなくてもいいっすよ」

「そういうわけには、まいりません。社様は神様みたいなものですから」

「そうなんですかね……」


 過去、社様と呼ばれた人達が、どんなことをしてきたのか、具体的には知らない。

 それでも、こうして信仰の対象になるくらいなんだから、相応の何かをしてきたってことだろう。

 それに対し、はたして俺は、この町に貢献していると言われる程の事をしているのだろうか?

 個人的には、少なからず好評を得ているが……


「社様が、大国寺だった者にとりついたのも何かの縁。きっと我々には計り知れない神様のご意思が、おありなのでしょう。少なくとも私共は、そう思っております」

「まぁ、悪人が、悪事をはたらかなくなったってだけで貢献してるっちゃしてるのか~」


 それに、不思議なこともある。

 俺は、やしろという響きが、なぜか嫌ではない。

 むしろ、しっくりくると言った方が、いいくらいなのだ。


「まぁ、そうおっしゃらずに。根っからの悪人なんて、そうはおりませんよ」

「いや、少なくとも大国寺は悪行ばかりだったじゃないですか」

「親に捨てられ、お国のために死ぬことすら叶わなかった者の末路ゆえ、大目に見てやってくださいませ」


 よく分からんが、大国寺には自殺願望みたいなものでもあったのだろうか?

 今までに比べると、長いこと大国寺として暮らしているだけに、それなりに記憶は深くあされるようになっていたが……

 思い当たることと言ったら、最後くらい何か派手なことをしてみたい。

 そんな欲求みたいなものだけだった。


 って、いうか、いつまでもゆっくりなんてしてられない!


「わかりました。それと。お茶、ごちそうさまでした!」


 俺が深々と頭を下げると、婆さんも丁寧に頭を下げてくれた。


「いえいえ、こちらこそ大役をこなして頂きありがとうございます」

「え。大役ってなんですか?」 

「社様が、おられる時には、こうして御神酒おみきを運んでもらうのが習わしとなっておりますので。きっと今年の夏祭りは良きものになるでしょう」

「そうですか、では失礼します」


 と言って、神社を後にしたのだった。

 酒屋の、おっさんも、正夫さんも、何も言ってくれなかったから、ただのお手伝いだと思っていたが……

 どうやら、特別な、ナニかだったみたいだ。

 夏祭りと言えば大きなイベントだと思うし、なんらかのフラグ回収に成功したと思ってもいいのかもしれない。


 店に戻ると、思っていた以上に皆まじめに自習してくれていた。

 女の子、三人組はコツをつかんだらしく実にいい感じで。

 太郎達も、足し算と引き算は、ほぼ問題のないレベルにまでなっていた。

 三人とも仲良く割り算で、つまづいてはいるが、克服するのも時間の問題だろう。


 それにしても、夏祭りかぁ。

 なにかしらフラグを立てるとしたらちょうど良い機会だろうな……


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