4-10


 予想外の悩み事を抱えながらも、飯を食って、掃除して、店を閉店させる。

 こんなことを続けた程度で、迷惑をかけた人たちからの信用を得れるとは思えない。

 かと言って、起こしてもらえるって保証もない。


 いや!


 場合によっては、殴ったり蹴ったりし過ぎて瀕死の重傷って可能性もあるわけか!

 だから夢物語が続いてるのかもしれない。


 目が覚めたら、玉がつぶされてたとかだったら、しゃれにならねぇぞ!


「パパ。まさおさんが、かや? とりつけるから、てつだってって、いってます」

「かや?」


 なんだ、それは? 

 と、思いながらもエルについて行って、二階につくと――

 うすい緑色のネットのような物を、俺達の部屋に取り付けるから手伝ってっくれって事だった。

 どうやら、蚊にさされないための予防策みたいなものらしい。

 天井の近くに6ヶ所とりつけるところがあり。紐をくくりつけると終了。

 これでかゆいのが少しは軽減されると思うと実に嬉しい。


「ありがとうございます! 正夫さん!」 


 俺が、深々と頭を下げるとエルも真似をする。


「ありがとうございます。まさおさん」

「いいって、むすこも、だれかに使ってもらった方がよろこぶ」


 そう言って、正夫さんは部屋から出ていった。

 エアコンが恋しくもあるが、窓全開で寝ても安心できるってのは、ありがたいし。

 布団の上で寝れるってのも嬉しい。

 電灯の明かりが、こんなにもありがたく感じる日がくるとは思わなかった。


 なにより嬉しいのは、部屋が臭くない!


 こうして落ち着いた環境で、エルと話せるってのも大きい。

 この夢物語から脱出するカギとして――

 やはり、この幼女が関係あるとしか思えなかった。


 想定外に賢いのに、最初言葉が通じなかった理由も不明。

 お風呂に入ったこともないみたいだったのに、綺麗な身体。

 そもそも、なぜあの部屋にいたのかも分からないと言う。


「なぁ、エル。やっぱり、本当の名前とか思い出せないのか?」

「はい。やはり、パパが、いってたとおり、きおくの、けつじょ、だと、おもわれます」

「そうかぁ……」


 想定される可能性として。

 記憶が、すっ飛ぶような、何かがあり。

 そんな状況で、あの部屋に押し込められたってのが俺の推測なのだが……

 とてもじゃないが、当たっているという気がしない。


 って、いうか現実味がない。


 しかし、なんらかの仮説でもないと、俺自身が落ち着かないってのもあった。


 こういう場合、誰が一番、得をするのか?


 ってのが、結論にたどりつく一つの方法ではある。

 エルを大国寺に押し付けて得をする人なんて本当に居るのか?

 それとも、別な理由があり、やむにやまれず、エルを大国寺の部屋に置き去りにしたのか?

 両方とも的外れな気もするが、とりあえずは、その二つくらいしか思いつかない。


「わからん」

「なにが、ですか?」

「エルが、なんで俺の部屋に居たのかなって」

「もしかして、めいわく、でしたか?」


 やばい!

 なんか、ちょっと泣きそうな顔してやがる!


「そんなこと、あるわけないだろ!」


 なにせ大事な鍵であるかもしれない幼女だ!

 むげに扱うわけには、いかない!


「ほ、んとう、ですか?」

「あぁ! エルは、なにも悪くない! 悪いやつが居るとしたら、エルを俺の部屋なんかに、置き去りにしたヤツだ!」

「やはり、わたしは、すてられた、のでしょうか?」

「うぐ……」


 そんなことはないと言うのは簡単だが、状況的に当たっている可能性は否定できない。


「もしも、きゅうに、ことばが、わからない、こどもに、なってたと、したら、すてられても、ふしぎじゃないと、おもうのです」

「ま、まぁ、仮にそうだったとしても、今は、それなりに、しゃべれるようになってきたわけだし。もしも、お母さんが名乗り出てくれたら家に帰れるさ」

「そうで、しょうか?」


 なぜだろう、あまり嬉しそうな感じがしない。


「やっぱり、『私が、お母さんです』って人が来ても信じられないか?」

「はい、それも、ありますけど。わたしは、パパのほうが、いいです」

「つまり、このまま市川家にお世話になってる方が、いいってことか?」

「はい、だめ、でしょうか?」

「ダメってことはないと思うが……」


 何が正解なのかさっぱりわからない以上、いい加減なことは口にできない。

 なにせ、婿養子作戦だって、立派なフラグだと思えるし。

 ただ、そうなてってくると時間的な問題も発生する。

 実際のところは分からないが。俺いがいの社様と呼ばれてきた人達は、早ければ1週間ほどで、元の人格に戻ってしまうらしく。長くても半年ほどだったそうだ。

 いずれにしろ、エルが大人になって、婿養子をとれる年齢になるまで、俺が大国寺を演じてはいられないということになる。


 って、いうか、早々に、この夢物語から抜け出すってのが俺の目的だしな!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る