第3話


「ぎゃあああっーーーーー‼︎」


 学院のある空き部屋で悲鳴が上がった。私やお父様、そしてアルト様はその部屋に入ると、ネイダン様が私の格好をした騎士の男性によって組み伏せられていた。


「全く、この方は白薔薇姫と男の見分けもつかないのか……」


 アルト様は呆れた様子で呟く。その隣で怒った顔のお父様がネイダン様を睨み付けた。


「何をしたかわかってますか?」

「ひっ! ち、違う、これは! 私がアリーナに誘われ……あれ、なんでアリーナがそこに? うわっ、誰だお前は⁉︎」

「私の部下ですよ。それに無理矢理連れ込んだの間違いでしょう……」


 そう言って後ろからレンゼル様が頭をかきながらネイダン様を見て溜め息を吐く。するとネイダン様は私達に向かって怒鳴ってきた。


「ぼ、僕を騙したのか! ふざけるな‼︎」

「人聞きの悪い。私の大切な娘を守る為ですよ。どこかの羽虫にたかられないようにね」

「は、羽虫だと⁉︎」

「おや、自分を羽虫だと思ってしまうということは娘を襲おうとしたのは自覚してるのですね」

「あ、ち、違う、私は話があるからたまたま空いている部屋に連れて行っただけだ!」


 ネイダン様は開き直ろうとするが、アルト様がかぶりを振った。


「入念に下調べをしたのはバレてます。それに王妃様に既成事実を作れと言われているのもね」

「なっ……」


 ネイダン様が驚愕の表情を浮かべていると、お父様が冷めた口調で言った。


「王家で唯一まともな第二王子が色々と手伝ってくれましたよ。迷惑をかけると頭を下げてね。今、伝令を送ったので陛下の耳にもすぐに届くでしょう。ああ、王妃様には期待しないで下さい。伝令が伝わったと同時に離宮の奥に幽閉されますからね」

「そ、それじゃあ、僕はどうなるんだ⁉︎」

「廃嫡に決まってるじゃないですか。そもそもあなたがこの国の国王になったら終わりでしょう」

「あ、ああーーー! やだあああっ‼︎」


 ネイダン様は突然、暴れだし私の方に手を伸ばしてくる。


「アリーナ! 僕を助けろ! お前が僕と一緒になれば全て解決するんだ! さっさとしろおおぉぉ‼︎」


 ネイダン様は私を睨みつけそう叫んでくる。すると、アルト様がネイダン様の方に拳を握りしめ、向かって行こうとしたので私は慌てて止めた。


「だ、駄目です! 私に任せて下さい」

「しかし……」

「大丈夫です。私も早く終わらせたいですから」


 私はネイダン様の前に行くと、ネイダン様はなぜか喜んだ表情になり私に言ってきた。


「ふん、さっさとこいつらに言ってやれ! 僕達は愛しあっているってな! お前ら覚悟しと……」

「王太子殿下!」


 私はネイダン様の話しを途中で中断すると、顔を近づけた。


「あなたの仰ってる事は全くわかりません。でも、わかる必要はないんです。だって私は二度とあなたと会いたくないと思っていますし、もう会うこともないですから」

「えっ……。な、何を言ってるんだ?」

「……全く少しは人の話を聞いて考える努力をして下さい。良いですか、自分勝手で人の痛みも理解できないあなたの顔なんか私は見たくないですし声も聞きたくありません。これだけ言えばわかってもらえますよね?」

「う、嘘だよな……。アリーナは僕と婚約……」

「名前で呼ぶのはおやめ下さい。私達はもう婚約解消しています」

「で、でも、小さい頃……」

「愛情はありません。あったのは同じような重圧を一緒に背負って頑張っていこうという戦友、つまり友情ですよ」

「そんな……」

「けれど、もし結婚をしたら愛して支えようと思っていました。けれどあなたは裏切った。しかもあのタイミングとあの場所で……」

「あれは急にアナスタシアが我慢でき……」

「できなかったのはあなたでしょう?」

「そ、そ、そ、そ……」

「いい加減にして頂けませんかね。既成事実まで作ろうなんて気持ち悪い」


 私は睨みつけてから離れると目の前の人は目を見開いて叫び出した。

「あ、あ、あああーーー!」


 そんな中、アルト様が笑顔で目の前の人に頭を下げる。


「あなたにはお礼を言いますよ」


 アルト様がそう言うと目の前の人は叫ぶのを止めて、目だけ動かしアルト様を見る。そんな目の前の人にアルト様は言った。


「私はずっとお慕いしている方がいたのですが、その方には婚約者がいましてね。だから、幸せを願い遠くで見守っていたのです。しかし、ある日、婚約者が馬鹿な事をしましてね。おかげで私にもチャンスが巡ってきたんです。本当に馬鹿をしてくれてありがとうございます」


 アルト様は私を見つめて来たので、私は思わず頬を赤くしてしまうとお父様が声をかけてきた。


「うむ、後は私達がやっておくから二人は話をしてくると良い」

「お父様……」

「アーガイル公爵、ありがとうございます」

「ふっ、チャンスをやるだけだからな。勘違いはするなよ」


 お父様はそう言いながらも屈託のない笑顔をアルト様に向ける。そんなお父様にアルト様は騎士の礼をとった。


「わかってます。ただ、誓わせて下さい。私は必ずお嬢様を幸せにしますと」


「うん、アリーナ、良かったな」

「はい……」


 私はそう答えるとアルト様にエスコートされながら、空き部屋を出ていく。その時、後ろで誰かのすすり泣く声が聞こえた様な気がしたが私達は決して振り返る事はなかった。



 あれから、王妃と廃嫡されたネイダンは僻地にある小さい屋敷に一生、幽閉となった。お父様いわく、馬鹿な事を考えないよう生活の全てを自分でやらせるらしい。

 しかも、教えるのが偏屈なお年寄り達らしく、二人とも苦労するだろうと言っていた。

 ちなみに陛下は肩身が狭くなり、周りにキツく当たられるため、最近は王太子になった第二王子に早く玉座を譲りたいと泣きながらお父様に訴えているらしい。

 ただ、もう少し、仕事を頑張ってほしいからとお父様が怖い笑顔で言ってるので、当面、陛下はお父様達のストレス発散に使われるのだろう。

 ちなみに私はアルト様と正式に婚約する事になって毎日楽しく過ごしている。今日はアルト様と薔薇園で散歩をしながら楽しくお喋りをしていた。


「そういえばここでアリーナ嬢を初めて見たのですよ」

「まあっ。そうだったのですか」

「あの時、あなたの後ろには白薔薇が沢山咲いていて良く似合ってましたよ」

「ああ……。あれであだ名が付いてしまったのですよね……」

「白薔薇姫、まさにピッタリですよ。ちなみにその名付け親を知ってますよ」

「えっ、どなたですか?」


 私は興味があったので聞くとアルト様が自分自身を指差す。私は笑ってしまった。


「ふふふ、なんだか想像できません。まさか、そんな悪戯をするなんて」

「いえいえ、私がつい呟いてしまったのを周りが広めてしまったんですよ」

「まあっ。そうだったのね。じゃあ、微笑みの貴公子という、あだ名の名付け親が誰か知ってますか?」


 私が悪戯っぽい笑みを浮かべるとアルト様は驚いた後、笑いだした。

 私はそんなアルト様を見てあだ名を名付けた日を思いだす。


 あの時、アルト様はこちらを見て惚れ惚れするぐらいの微笑みを浮かべていたのよね。

 てっきり、白薔薇を見て微笑んでいたと思ったけど……


 私はそう思いながら、目の前であの時と同じように微笑むアルト様を見て嬉しくなるのだった。



fin.

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あなたの仰ってる事は全くわかりません しげむろ ゆうき @solid_yuu

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