第2話

「王太子殿下……私の事は家名でお呼び下さい。それともう、婚約者でもないので腕を掴むのもおやめ下さい」


 そもそも、腕を掴まれる行為などは初めてである。おそらく、アナスタシアとの関係で人との距離感がなくなってしまっているのだろう。いや、王太子教育をしなおしているからわかるはず……


 じゃあ、なぜ?


 そう疑問に思っているとネイダン様は腕は離さずに言ってきた。


「私とアリーナの仲だろう。何を気にしている?」

「……王太子殿下、何を仰っているのかわかりません」

「はあっ、僕の名前を呼んでくれよ。ああ、アナスタシアとの仲を怒ってるのか? だから、ずっと僕に会いに来なかったんだな。全く可愛い奴だ。はははっ」


 ネイダン様はそう言って笑うが、私は全く笑えなかった。この人がいったい何を言っているのかわからなかったからだ。


 私が怒る? 会いに行かなかったんじゃなく、もう会う必要がないから行かなかったのに……

 元々、思い込みやよく勘違いをしている方だったが、ここまで酷くなるとは……


 私は呆れながらも、ネイダン様に言った。


「勘違いなさっているようですが私は王太子殿下とアナスタシアの関係にはショックを受けましたが、二人が愛しあっていたことに関しましては怒ってはいませんよ」

「なんだそれだったらアナスタシアとの仲はもう終わった。だから元に戻れるんだ! 早速、このことを父上達に話に行こう。お前から話せばまた僕達は婚約者に戻れる! 全く大変だったんだぞ僕は!」


 ネイダン様はそう言って腕を引っ張るので私は無理矢理抜け出すと距離を取った。


「私と殿下は二度と婚約することはありません。今日あった事は黙っておきますので安心して下さい」


 私はそう言って踵を返す。するとネイダン様が怒りながら駆け寄ってきた。


「アリーナ! わがままもいい加減にしろ! いくら優しい僕でも限度があるぞ!」


 ネイダン様はそう叫んで、また私の腕を掴もうとする。しかし私とネイダン様の間に割って入る人物がいた。学院に本来いるはずのないアルト様だった。


「すみません、遅れてしまいました」


 アルト様は切長の目をこちらに向け優し気に微笑む。すると、私の後ろの方にいた令嬢が黄色い悲鳴をあげた。

 もちろん、私も心の中であげたがお妃教育のおかげで、なんとか微笑み返す事ができた。


「……ありがとうございます。でも、どうして騎士であるあなたが学院に?」

「殿下とあなたが同じ学院にいたら何か起きるだろうと父上とアーガイル公爵に頼まれたのです」

「まあっ。そうだったのですね……」


 私はお父様とレンゼル様に心の中で感謝をする。もちろん、後ほど直接お礼にも行くつもりだ。そんな事を考えているとネイダン様は歯軋りしながらアルト様を睨んだ。


「おい、なぜ邪魔をするんだ!」

「嫌がってるからですよ」

「嫌がってるんじゃない! 僕の気を引こうとしているんだ! なあ、そうだろうアリーナ?」


 私はもちろん全力で首が千切れるほど横を横に振る。しかし、ネイダン様はなぜか笑みを浮かべて何度も頷いてきた。


「うんうん、わかってるからな。という事だからどけ!」

「いや、どきませんよ。おい王太子殿下を連れてけ」


 アルト様が呆れた顔で近くに待機していた騎士を見ると騒ぐネイダン様をあっという間に騎士は拘束して連れて行ってしまった。

 そんなネイダン様の姿が見えなくなるまで私を庇うように立っていたアルト様だったが、溜め息を吐くと振り返る。


「しばらくは学院は控えた方が良いですね」

「はい、そうします。本当にありがとうございました」

「気にしないで下さい。それでは屋敷まで送っていきます」


 私はそれからアルト様と一緒に屋敷に戻り、しばらく談笑をしているとお父様が慌てた様子で帰ってきた。


「アリーナ! 大丈夫だったか?」

「はい、ハミントン伯爵令息のおかげで……」

「そうか。すまなかったな。しかし、なぜ貴公が学院に?」


 お父様はそう言って首を傾げる。そのため思わず私はアルト様を見ると優しく微笑まれた後、お父様に答えた。


「個人的に用があったのですよ。そうしたら、あんな事がありましてね」

「そうか、とにかく助かった」


 お父様は頭を下げると私の側に来て頭を撫でる。


「報告は聞いている。怖かっただろう……」

「いえ……」


 私はそう返事したが、やはり、あの時の事を思いだし身震いする。するとお父様は私の様子に気づき怒りだしてしまった。


「あの馬鹿は本当に何を考えているんだ王太子教育はやり直してるんだろう? 更に悪くなっているじゃないか!」


 お父様がそう怒鳴るとアルト様が頷く。


「王太子教育をやっているのかも怪しいですね」

「王妃が責任を持つと言っていただろう!」

「ふむ……」


 お父様の発言にアルト様は考えこむような仕草をした後、何かを決心するような顔を私に向けてきた。


「アーガイル公爵令嬢、あなたは王太子殿下に思いは残っていますか?」


「いいえ。私とネイダン様は小さい頃から一緒で友情のようなもので繋がっていましたが、アナスタシアとの件で切れました。今は関わりあいになりたくありません」


 私がそう答えるとアルト様はほっとした表情を浮かべた。


「わかりました。では、私に良い案があります。ただし、少し危険な賭けですが……」


 アルト様はそう言った後、私達にある事を話した。それは場合によっては我が公爵家にアルト様のハミントン伯爵家も危険になる内容だった。

 もちろん私は反対だった。


「駄目です。私が大人しく領地に籠っていればいつかは解決する話です。ですからそのお考えはおやめ下さい」


「しかし、何か手を打たないとあなたに執着している王太子殿下が何をするかわかりませんよ」

「ああ、それに王妃も怪しいからな」

「えっ、王妃様もですか?」


 私が驚くと、お父様は頷く。


「考えてみろ。王太子教育を任されているのは王妃だぞ。それが、今回の件でやってる気配がないんだ。ハミントン伯爵令息もそれを見越しての案なのだろう?」

「はい、だから、これが上手くいけば両方を黙らせる事ができます。安心して下さい。王太子殿下があんな感じなら必ず上手くいきますよ」


 アルト様は優しく微笑んで来たのでそれ以上、私は何も言えなくなってしまった。そんな私にお父様は笑顔で言ってくる。


「王家は少し痛い思いをした方が良いだろう。安心しなさい。文句を言われないようにしっかりやるから」


「……お父様」

「うむ、じゃあ、早速動くか」

「はい」


 お父様とアルト様がそう言って立ち上がると出かけて行ってしまう。

 そして、しばらく私は領地で静かに過ごしていたらお父様が笑顔でやってきたのだ。「あの馬鹿との繋がりを完全に絶つぞ」その言って私を学院へと連れて行ったのだ。

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