あなたの仰ってる事は全くわかりません

しげむろ ゆうき

第1話

「あの馬鹿は何を考えているんだ……」


 怒りを必死に抑え込みながらそう呟くのはこのエイダール王国の宰相サイラス・アーガイル公爵……私のお父様だ。

 お父様がどうして怒っているのかというと、王宮の執務室の窓からエイダール王国の王太子殿下であり私の婚約者でもあるネイダン様の浮気現場を見てしまったから。

 しかも、あろう事かネイダン様は私の友人アナスタシアと木の下で熱く抱擁しキスまでしていたのだ。

 私はショックのあまり口元を押さえる。婚約者と友人そう方から裏切られたからだ。すると、そんな私に気づいたお父様が再び窓の外を睨んだ。


「なぜ、あんなに堂々とできる? ここからはっきりと見える位置だぞ。あれは喧嘩を売ってるのか?」

「……」


 もちろん私は答える事ができず、ついにはふらついてしまい倒れそうになる。すぐにお父様が支え、近くのソファに座らせてくれた。


「大丈夫かアリーナ?」


 お父様は心配そうな表情で私を見るため、なんとか心配させないよう微笑む。


「……大丈夫よ」

「何が大丈夫だ……顔が真っ青じゃないか。すぐに医務室に連れて行こう。その前にあの二人の関係は知っていたか?」


 私はかぶりを振る。

 なにせ今さっきまで知らなかったから。しかも昨日はネイダン様に会ったが全くそういう素振りも見られなかったのだ。アナスタシアにしてもそうである。

 そもそも二人に接点があったというのも知らなかった。


 どうして……。婚約者候補から正式に婚約者になったばかりだというのに……。来年は結婚式を挙げる予定じゃなかったの? いつから二人はああいう仲だったの?


 何も知らなかった事に恥ずかしさと情けなさが込み上げくる。その時、執務室の扉が勢いよく開き騎士団長のレンゼル・ハミントン伯爵が入ってきた。


「おい、窓を見ろって……ア、アーガイル公爵令嬢」


 レンゼル様は私に気づき慌て出す。しかし私の様子に気づくと辛そうな表情に変わった。


「見てしまったのか……」


 私は答えられず顔を伏せるとお父様がレンゼル様を睨んだ。


「娘はショックを受けている」

「……すまん、配慮が足りなかった」


 レンゼル様は肩を落とし項垂れる。するとレンゼル様の後ろから一人の若い騎士が入ってきてお父様に頭を下げた。


「すみません、父が勝手に部屋に入ってしまいまして……」


 そう言って謝るのは、レンゼル・ハミントン伯爵の御子息であり、女性に絶大な人気を誇る微笑みの貴公子、アルト様だった。

 そんなアルト様にお父様はかぶりを振る。


「いや、レンゼル卿はいつもの事だ……。それより、二人ともあの醜態は見たのか?」


 すると二人とも頷く。


「俺達だけじゃなく、かなりの数が見ている……」


 レンゼル様がそう言うとお父様は肩を震わせた。


「そうか……」

「どうするサイラス卿?」

「もちろん、陛下に話をつけにいく。あんな馬鹿に大切な娘はやれん」

「なら、手伝うぞ」

「頼む。だから嫌だったんだ。王妃に溺愛されて常識知らずなあの馬鹿は。絶対いつかやらかすと思っていたんだ。なのに王命で大切なアリーナを縛りやがって!」


 お父様は窓の方を睨むと、ぼーっと二人のやり取りを眺めていた私を抱き上げた。


「とにかく、まずは娘を医務室へ連れてく。アリーナ、必ずあの馬鹿から解放してやるからな!」


 お父様はそう言ってきたが私は何も答えられず、ついにはそのまま意識を失ってしまったのだった。



 あれから、アナスタシアは修道院に送られ、私とネイダン様の婚約は解消された。ただ、解消にあたってかなり揉めたらしい。

 まずは、王妃様がひたすら渋ったのだ。お妃教育を学び終えた私を手放すなんて嫌だったのだろう。

 せめて、第二王子と婚約して欲しいと懇願してきたのだ。だが婚約者候補だった令嬢と既に婚約中であった事と二人が仲が良かった事で、お父様と令嬢の父親が二人の仲を押し切ったらしい。

 すると、今度は隣国に嫁いで両国の橋渡しをと言い始めたのだ。これにはお父様が切れ、宰相を辞めると言いだし国王陛下が大変焦ったそうだ。

 なにせ、お父様の手腕でこの国は半分持ってる様なものだから。

 おかげで王妃様は泣く泣く私を諦めてくれた。


 しかし、なぜか問題を起こしたネイダン様が解消したくないと駄々をこねはじめたのだ。正直、意味がわからなかったがネイダン様はアナスタシアではなく私と結婚したかったらしい。私は正妻でアナスタシアは側室として……

 要はネイダン様は王家について全く勉強してなかった事が露見したのだ。だから現在ネイダン様はもう一度王太子教育をやり直してる最中である。

 最中である……

 最中なはずなのだが……


「アリーナ!」


 なぜかネイダン様は学院の皆の前でもう婚約者でない私の名前を大声で呼び、腕を掴んできたのだ。

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