第12話 論告休憩と最終弁論と最終被告人陳述と審理

「では検察から、論告求刑を」


 相変わらず法務大臣が厳かに言う。頑張って厳かに見えるようにしてるのだろう。偉い人たちにも偉い人なりの苦労というものが─


 検察が論告求刑を始めた。


「これまでの証拠、証言より、被告人が優秀な獣医師であることは疑いようがありません。王犬は完全な健康体であり、また被告人が作為、または不作為によって王犬に害を為したという可能性は限りなく低いと考えられます。王犬の死因は老衰であり、被告人が関与できる要因は殆どなかったものと考えます」


─ちょっと待って、何かが変だ


「しかし被告人が王犬を死なせたことは明らかであることから何らかの刑は執行されるべきと考えます。検察は、被告人に対してVIP待遇での終身刑を求刑します」


─なんだその、VIP待遇での終身刑って


 すぐに、弁護人による最終弁論が始まる。


「まず最初にご説明しますが、先程の面談におきまして、被告人は終身刑よりも死刑を希望していると発言しております。その上で、検察もおっしゃいましたとおり、被告人はきわめて優秀な獣医師で、考えうる最高の知見と技術をもって王犬の診察と治療に注いでおりました。その王犬を老衰で死に至らしめたという考え方ではなく、証人たる元園長先生のとおり、王犬を看取ったのです。王犬が王様に抱かれて静かに息を引き取られたように、看取られたように、被告人には死刑、穏やかで安らかな死を被告人に与えることが妥当と考えます」


─たしかに終身刑よりも死刑の方がいいっつったけど。弁護人の方が検察より重い刑を求める状況、ないことはないと思うけど珍しいだろうね


「被告人!被告人!」

「は、はい!」

「被告人最終陳述を始めます、被告人は証言台へ」


 特に何も考えずに、証言台に立った。


「では被告人、最後になにか言い残し…言っておきたいことはありますか?」

「ありません」


─「!?」「え?」「ない!?」がやがやがや

「静粛に!静粛に!」ガンガン!


「これは当軍法会議において、あなたがあなた自身の言葉で物を述べる最初で最後の機会です。それでもなお、言っておきたいことはないのですね?」

「ありません」

「わかりました、元の席にお戻りください」


「ではこれより審議に入ります。各々の席でお待ちください」


 後ろの長机から身を乗り出した弁護人がヒソヒソと話しかけてくる。机両端の兵士たちも、ポーカーフェイスを保ちながらも我々の会話が気になるようだ。


「なんてこと言ったの!」

「言ってないよ、何も」

「そうじゃなくて、被告人最終陳述は裁判官の心証を左右するっていったじゃない」

「それはそうだけど、言いたいとこは昨日今日で検察と弁護人と証人の方々が全部言ってくれたから今更わざわざ繰り返すことはないよ」

「あなた自身の言葉で、っていうところが重要なの!心証を悪くするわよ」

「悪くなって死刑になった方がいいよ。VIPだろうがなんだろうが、終身刑なんて御免こうむる」

「求刑は終身刑、一方で被告人は死刑を求めています。この状況から、裁判官の心証を損ねたらどうなると思う?」

「じゃあ被告人が嫌がってる方の終身刑にしてやる、被告人の望みなど叶えてやるもんか。そんな意地悪をするの?」

「しないとは言いきれないでしょ、裁判官も人間なんだから」

「……司法は悪意に満ちているのか…推定無罪はどうした……悪魔め…」

「まあ、あなたは悪口を言ったわけでもないし、暴れたりしたわけでもないし、起訴内容を認めているから、そうそう変なことにはならないと信じたいわね」


 裁判官、つまり王様、内閣総理大臣、法務大臣が入廷した。皆、会話などをやめて各々の席に着席─兵士たちは直立不動─した。判決は内閣総理大臣が読み上げる。


「被告人が優秀な獣医師であること、王犬に対して6年間最高の獣医療を施してきたことは間違いない。その獣医療行為においては一切のミスもなく、同業獣医師から見ても妥当もしくはより優れた方法で実施されていたことは疑う余地がない」

「さて、王犬については他機関の獣医師など第三者がみても何ら異常を認めず、健康体であった。こうした状況において死亡した王犬の死因を、老衰とした被告人による検案にも、疑義を挟む余地はない」

「とはいえ看取ったという表現を借りようとも、被告人が王犬を老衰によって死に至らしめたことは事実である」


「では判決を言い渡す─」

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