第二日

第8話 証人尋問④ 内科獣医師

 法務大臣が開廷を宣言した。軍法会議2日目。証人尋問の続きが行われる。次の証人は、画像診断のスペシャリストだ。


「宣誓、私は良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを固く誓います」


 質問が始まる前にプロジェクターで、王犬のレントゲン写真が映し出される。見慣れた画像。当たり前だ、自分が撮って自分が読影したのだから。


 検察が質問を始める。


「先生のご専門を教えてください」

「獣医内科学の画像診断です」

「今回の件については内容を知らされないまま画像診断をして、然る後に内容の説明と召喚があった。つまり予断なく診断した。間違いございませんね?」

「間違いございません」

「では、今投影されているレントゲン写真について、解説をお願いします」

「この写真は犬を横から撮った図です。主に肺と心臓、それから大動脈弓を見るための画像ですが、異常な所見は認められません」


 投影される画像が切り替わっていく。


「これらの臓器に異常はございません」


「ここには異常を認めません」


「異常はありません」


「異常は ─」


「異 ─」


「ではこれらの、レントゲンやCT、MRI、PET、超音波等の画像には、何一つ異常がないということでよろしいですか?」

「はい、いかなる異常をも認めません」

「異常がないことが異常である、といった事項はありますか?」

「ございません」

「大変なご無礼を承知で伺います。画像診断について、先生と被告人ではどちらが技術的に優れているとお考えですか?」

「もちろん被告人です」

「では、ご無礼を重ねて申し訳ございませんが、先生には病変が見えなくとも被告人には見える、といった状況も考えられるのでしょうか?」

「あると考えます」

「逆に、被告人には見えない病変が先生には見えるといったことは?」

「被告人が目隠しをしていない限り、ありえません」

「ということは、先生にもわからない何らかの異常を被告人だけが知っているという可能性があるということですか?」

「そのとおりです」

「ご無礼を、重ねてお詫び申し上げます。ありがとうございます、質問は以上です」


 すぐに弁護人側からの質問が始まる。


「これらの画像をご覧になって、撮り方がおかしい、不自然など、なんらかの印象をもし抱かれましたら、教えてください」

「とても綺麗に撮影された画像だと思いました」

「ここを撮っていないから病変を見落としかねない、といったポイントはございますか?」

「ございません。むしろ、ここまで撮る必要があるのかと考えましたが、患者様と主治医を知って腑に落ちました」

「検察に引き続きご無礼をお詫び申し上げます。被告人には見えても先生には見えない病変はありうるとのことでしたが、具体的にはどういうものが考えられますか?」

「まず、『新たに出来たもの』具体的には腫瘍や膿瘍ですが、こうしたもの、しかもそれが命に関わるほどのものを見落とすことは、私に限らず一般的な獣医師にはありません。しかしこれらが非常に微細である場合は読影が極めて困難です。また、ごく僅かなパターンの揺らぎ、ひとつの臓器について他の部位とは僅かに違う部位がある、ということを拾うのは必ずしも容易ではございません。つまり同じ臓器の中に質感が違う部位がある、密度が違う部位がある、といった僅かな変化です。なお、これらは撮影技術とも密接に関係しており、撮影技術が未熟な場合は例えば本来見えるべきものが見えないという本末転倒な事態に陥ることすらあります。しかし今回の画像についてはそういったことはございません」

「では、今回の診断画像からは死の兆候を見出すことは出来ないと考えてよろしいでしょうか?」

「画像診断は万能ではございませんが、ここまで見る限りにおいては死亡を予見することは出来ないと考えます」

「ご無礼を、重ねてお詫び申し上げます。ありがとうございます、質問は以上です」

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