第7話 第一日閉廷
法務大臣が立ち上がって宣言した。
「本日はこれにて閉廷する。明日は10時より開廷、証人尋問の続きを行う。被告人については逃走の恐れはないものとし、帰宅を許可する。ただしSPを付けることとする」
法務大臣は、よもや異論はあるまいな?といった顔でこちらを見る。SPだなんてまっぴらごめんだ…と見せかけて、帰宅したくないとゴネてみようかと思ったが、弁護人に叱りつけられそうなのでやめておく。コクリと頷いた。すると、また7人の屈強と思われる男たちがやってきた。
「ねぇSP…君の名前は?なんて呼べばいい?」
「SPで構いませんよ、名乗る程の者ではありません」
「いやでもほらそれだとさ、呼んだ時に君のことなのか別の人のことなのか、君たち含めて誰もわかんないよ。『ヘイ、SP!』って言ったら7人全員がこっちを見るの?やだよそんなの気持ち悪い」
「我々は影です。いないも同然の存在です。どうか我々のことはお気になさらず」
「わかったよ。なるべく気にしないように頑張るよ。弁護人と相談する時間はある?」
「こちらには時間はあります。実際に相談できるかどうかは軍司法官次第です」
「で、裁判…軍法会議を、どういう風に持ってくつもりなの?」
「どういう風にと言いますと?」
「軍司法官!質問に質問を返してはなりません!」
「…帰らせていただきます」
「待って待って、ごめんごめん、悪かったよ。つまり無罪を勝ち取りに行くのか、有罪を覚悟の上で減刑や執行猶予の獲得に努めるのかって」
「そうですね、起訴内容を認めている以上、有罪は免れないと思います。減刑については、いくつもの道があります。やむを得ない事情、意図はなかった、今では反省している、捜査や審判に協力的、心情に訴える、等々。これらを最大限に引き出して組み合わせれば、終身刑くらいで収まるかもしれません」
「しゅうしんけい」
「はい、終身刑です。良くて」
「そんなに重いの、この軍法会議」
「そりゃそうですよ。王犬、王様の犬です。王様の所有物を損壊したんだから」
「王様が聞いたら怒るよ?犬を所有物扱いして、さらに損壊だなんて言ったら」
「法的には器物損壊です」
「なるほどね、器物損壊ね。じゃあ聞くけど、器物損壊で課される刑は?」
「3年以下の懲役又は─」※1
「そう、刑罰ってのは上限があるよね?それくらい素人でも知ってるよ。でもって具体的な数字は今知ったけど、器物損壊は3年以下らしいね?なんで、良くて終身刑なの?」
「器物損壊の前に、これは『王家に対する罪』ですから、なんでもありです」
「なんでもあり」
「はい、なんでもありです」
「そんなの知らないよ、聞いたこともないよ」
「それはあなたが不勉強だから…ではなくて、公表されてないですからね」
「だから裁判じゃなくて軍法会議なの?その罪については明文化されてないし、公表も出来ないから普通の裁判は出来ないってこと?」
「そうです、飲み込みが早いですね」
「でも文民を軍法会議にかけられるの?」
「あなたは上席王宮獣医官を罷免されたと同時に軍属となり、軍司法部二等兵を命じられています。つまり私はあなたの上官ですのでもう少し敬意をもって─」
「とにかく、なんでもありなんだね?」
「はい、なんでもありです」
「例えば?」
「例えばそうですね─あっ、この制度は私も昨日知りましたもので、よくわかりません」
「そうじゃないでしょ。判例を尋ねてるんだよ判例を。王家に対する罪の判例を。制度の話じゃない」
「チッ……いえ、これは本当に機密事項です。判例は公表されていません」
「同じ軍司法部の人間にも言えないというの?」
「二等兵には閲覧の権限がありません 」
「明日証言するよ、弁護人があまりにも非協力的だって、ないことないこと言うよ。っていうかさっき舌打ちしたね?」
「あまりいじめると、弁護を放棄して重刑に処させますよ?……仕方ありませんね。例えば、王様の暗殺に失敗した者は死刑になりました」
「うん、それは知ってるよ、ニュースになってたし。ニュースになってなくても想像がつくよ」
「参考になりそうな器物損壊の判例としては、王冠をうっかり落として壊してしまった者がいましたが、その者は頭を砕かれました」
「ええ……」
「その他、王家に対する器物損壊……ああ、ありました。洗濯中、王様の服の袖を破ってしまった者がいました。その者は腕を引きちぎられました」
「……うん」
「もうひとつ思い出しました。とある祝賀会で、飲みすぎて嘔吐した者がいました。よりにもよって王様のお気に入りの絨毯に。その者はアナコンダに飲み込まれました」
「飲み込まれた」
「ひとつ思い出すと次々と思い出すものですね、王剣のメンテナンスで剣を叩いているうちに砕いてしまった鍛冶屋は、全身206個の骨が412個になりました」
「……なんとなくわかってきたよ。王家に対する罪は、やったことに関連した刑が執行されるんだね」
「そうです。ですから、王犬を死なせたあなたは死刑が確定的です。せめて苦痛のない死に方、出来ればなんとか終身刑に持って行ければ…というところです」
※1著者注 日本であれば、の話。刑法第261条
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