第5話 証人尋問② 軍獣医官

 さすがは軍人である。こうした場においても堂々とした立ち居振る舞いだ。軍法会議慣れ、とは思わないが、公的な場に慣れているのだろう。


「宣誓、私は良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを固く誓います」


 検察が質問を始める。


「あなたの前職を教えてください」

「王立大学獣医学部大学院、病理学研究室の准教授です」

「現在のあなたの業務を教えてください」

「主に軍用犬の診療を行っております」

「軍用犬が死亡した際には死因の究明をしますか?」

「します」

「その方法を教えてください」

「まずは外観に異常がないかを確認します。次に解剖し、臓器の外観に異常がないかを肉眼で確認します。病変があればその付近を、なければいくつかの経験則等に基づく部位を、微生物学的検査のために無菌的に採材します。その後、各臓器を切り離し、多数のかつを入れる※1ことで臓器内の病変を確認します。病変があればこの付近を、なければ先と同じくいくつかの経験則等に基づいた部位を切り離し、ホルマリン液に入れて固定※2します。ここまでが病理解剖学的検査と呼ばれる過程です」

「続けます、微生物学的検査につきましては主に細菌やウイルスについての検査を実施しますが、こちらの方面につきましては私は詳しくないため概要をご説明するに留めます。各臓器は本来無菌状態、つまりそもそも微生物が存在しないはずですが、そこから何かが検出されたということは何らかの感染を疑うことが出来ます」

「そして病理組織学的検査ですが、まずは各臓器を薄く切り取り、スライドガラスに貼り付けます。細胞を観察しやすいように、または特定の何かを鑑別できるように様々な方法で染色し、顕微鏡で細胞を観察します。細胞の形態に異常がないか、あるべきものがあるか、逆にあるはずのないものがないかを調べます。先程の病理解剖学的検査成績、微生物学的検査成績と病理組織学検査成績を総合して死因を究明します」

「…は、はい、ありがとうございます。あなたは死因究明に際してどの部分を担当しておられますか?」

「はい、病理解剖学的検査及び病理組織学的検査を担当しております。ただし、病理解剖学的検査、つまり解剖につきましては微生物学的検査担当と共に実施しておりますことを申し添えます」

「微生物学的検査担当が共に実施するのは何故ですか?」

「微生物を狙う際にも、どの臓器にどういった病変があるか、またはないかを知っておくことが重要だからです。それらによって、検査手法が変わります」

「補足ありがとうございます。では、剖検初見についてお伺いします。肉眼的に臓器を調べるとのことですが、何か異常は認められましたか?」

「加齢に伴う変化以外、全ての臓器に異常を認めませんでした」

「全ての臓器ですね?」

「全ての臓器です」

「では次に、病理組織学的検査成績についてお伺いします。何か異常は認められましたか?」

「こちらもまた、加齢性の変化以外、何一つ異常を認めませんでした」

「全ての臓器についてですね?」

「厳密には全ての臓器の様々な部位についてです」

「様々な部位とはどういうことですか?」

「肉眼的に病変がわかる場合はもちろん、肉眼的病変が見当たらなくとも、臓器の中で局所的に異常があることもございます。従って一つの臓器に対しても複数の部位を検査することが必要です」

「つまり隅々まで調べても異常は見当たらなかった、ということですね?」

「その通りです」

「ありがとうございます、質問は以上です」


 すぐに弁護人側からの質問が始まる。


「肉眼的及び病理組織学的に、加齢に伴う変化は認められたとのことでしたが、これらは致死的なものでしょうか?」

「いいえ、これらの変化は一般的に見られるもので、致死的ではございません」

「病理組織学的検査によって、毒殺の可能性を検討することは出来ますか?」

「基本的に、毒物が入れば何らかの組織障害が起きます。それは異常として組織像に顕れますので、可能です」

「もし異常があった場合、なんの毒物かはわかるのでしょうか?」

「推定できるものとできないものがあります。また、物質の精確な特定には至りません」

「今回、異常が見られなかったということは、毒殺の可能性はないと考えて差し支えないですか?」

「毒殺の可能性は限りなくゼロに近いものと考えます」

「ありがとうございます、質問は以上です」



※1著者注 切り込みのこと。複数の割を入れることで、表面からは見えない臓器内部の病変を探す

※2著者注 臓器の腐敗や変性を防ぎ、生きていた時の細胞の形や数を保つための処理

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