ネズッチ視点~舞踏会・前編~
シンデレラと出会ってから1ヶ月以上経った新月のある日、舞踏会を開く事が決まってしまった。新月の日ならば俺は、夜も人間のままでいられるらしい。
舞踏会なんて開くハメになったのは、隣国から俺を狙って女性の暗殺者が送り込まれたせいだ。幸い一回目に夜に襲撃された際は俺はネズミの姿だったこともあり、殺されずにすんだ。ケンタがその際に、彼女の顔を目撃したという。
顔は分かっているが、1度取り逃がしている女性の暗殺者を捕まえるべく、こちらから仕掛けることにした。
国の女性全員対象の大規模な舞踏会を開くことにより、その混乱に乗じて必ず仕掛けてくるであろう暗殺者を再度捕まえようという計画だ。
当日、慌ただしく舞踏会の警備についてケンタと話し合っていると、どこからともなく魔法使いのオッサンがやってきた。
「あ、魔法使いさん。よかったら、暗殺者を捕まえるの手伝って下さいよ。魔法の力でちょちょいのちょいですよね?」
実は国王と旧知の仲だったらしい魔法使いとは、あの後も数回会う機会があった。何度か会ううちに、俺はある程度は普通に話せるようになっていた。
「あのなぁ。万能に見えるかもしれねぇがな、魔法っつーもんには制限があるんだぜ。俺の魔法は恋愛に関係する事にしか使えないんだ」
「マジかよ·····」
俺が魔法使いの似合わない意外な真実に驚いていると、魔法使いが自分のスキンヘッドを片手でペシペシしながら言った。
「あーそうそう、これからちょっくら行って、シンデレラを舞踏会に連れてくる事にしたから」
「え!せっかくシンデレラには舞踏会に来ないで欲しいと伝えたのに·····。あ·····でも、シンデレラが王子の俺に惚れてくれても別にいいか·····」
俺が考えを改めていると、魔法使いが黒い笑みで聞き捨てならないことを言った。
「もし、シンデレラがネズミではなく、王子の方を選んだらペナルティーとして、お前には日中も夜間も問わず一生ネズミでいてもらおうか」
「そ、そんな事ができるわけが無い!王位を継げるのは俺しかいないんだから!」
焦った俺の声に、呆れ顔の魔法使いが答えた。
「おいおい、知らねぇのかよ。そんなんだから『甘ったれ』って言われるんだよ。この国の王位継承権を持つのはお前だけじゃねぇんだよ。だから今、暗殺者に狙われてるんだろうが」
「え、そうだったのか?」
魔法使いの話では、バースト国王の妹は隣国の高位貴族に嫁いでおり、その子供は俺の次にこの国の王位継承権を持つという。そして優秀だと名高いその子供を王位に据えようという動きが、元老院議員の間であるという。前回の俺を狙った暗殺騒ぎも、元老院議員の手引きで王城に入り込んだ可能性が高いという。
「お前さぁ、2年くらい前に、国王に願って元老院の議会に参加したんだろ?国王に無理言って参加した癖に、持ってきた案を会議で少し叩かれた位ですごすご引き下がったんだろ?そのせいで『腰抜けの甘ったれ』って、元老院議員からは呼ばれているんだぜ。『目指したい国のビジョンも無いまま、小手先の策を借りてきた言葉で並び立てられても不快だ』と、元老院のお歴々方が言ってたぜ。自業自得だな」
俺は寝耳に水の話に、呆然となりながらケンタに聞いた。
「ケンタは、このことを知っていたのか?」
「はい·····でも、王子は今、ネズミになったりで大変でしたし。今回暗殺者を捕えられれば、裏で糸引いている隣国の親子の存在や、裏切っている元老院議員も一網打尽に出来るので、お伝えするのは後で良いかと思いまして·····お伝えが遅れて、申し訳ございませんでした」
ケンタは気まずそうに、目を逸らしながら言ったのに対して、魔法使いは意地悪げに俺を指さして言った。
「側近を責めるのは、お門違いだ!お前の器が小さいのがいけねぇ!器の小さい奴に、器が零れてしまう量の情報は与えねぇんだよ!現にお前今、一杯いっぱいになってんだろうが」
「別に、ケンタを責めた訳では無い·····俺は、本当に器の小さい、腰抜けの、役立たずだな·····」
うなだれて椅子に座った俺を見て、魔法使いはフンと鼻を鳴らして、姿を消してしまった。
ケンタは心配そうにこちらをチラ見しながらも、遠くの机で書類を整理しはじめた。
思い返せば俺の人生、失敗続きだった。
高校受験に失敗して、車に轢かれ·····
悲劇のヒーローぶって呟いてしまったせいで、ネズミに変身させられ·····
「内政チートしてやる」などと、ろくに考えずに議会に参加したせいで、元老院議員から見放され·····
俺は自分が情けなくて、正直消えてしまいたい気持ちだった。
だが、そんな俺の頭にシンデレラの澄んだ声がよみがえってきた。
『私の座右の銘は、転んでもタダでは起きない事です』
そうだった·····シンデレラは俺よりもっとずっと辛い立場だったはずだ。もっと辛い転び方で立ち上がり方が、分からなかった時もあっただろう。
そして、「消えてしまいたい」と、シンデレラだって思ったことがあったに違いない。
でも、彼女は立ち上がり続けたから、今あの強く美しい心のシンデレラがいるのだ。
『悲劇のヒロインぶっていても、何も変わらないと気づいたのです。相手が変えられないなら、私が変わればいいのだと気づいたのです』
そうだ、過去と周囲は変えられない。
変えられるのは未来と自分だけだ
俺はとんだ甘ったれだ。
だが、変わってみせる。
落ち込んでいる暇があったら、今やるべき事をやろう。
そして、失敗したら、それをバネに立ち上がろう。そうしたらその経験は失敗ではなく、良い経験に昇華されるはずだ。
「ケンタ、悪かった。俺の器が小さいせいで、お前に色々抱え込ませてしまっていたな。とりあえず、今は暗殺への対応と、シンデレラが来てしまうことへの対応をしよう」
俺が明るい声で話しかけると、ケンタはホッとした様子で近くに寄ってきた。
「暗殺への対応は、先程の話で一通り終わりましたので、もう舞踏会の開始まで時間が無いのでシンデレラが来てしまう対処の方をしましょう。王子が彼女から嫌われる言動をとるのが、手っ取り早いかと思いますがいかがでしょうか?」
「そうだな。とりあえず無愛想にして、ダンス踊るハメになったら足でも踏みまくるか」
ケンタは少し思案すると、提案した。
「私の知っている限り·····女性に嫌われやすい知り合いの傾向として、ろくに知り合っていないのに無理やり迫るタイプの奴が多いです」
「無理やり迫る·····あれか!壁ドンって奴か!あれ?でも壁ドンって女子が喜ぶ奴なのではなかったか?」
壁ドンの存在に混乱する俺の元に、舞踏会の準備が整ったので早く来るようにとの伝令がきて、俺達は足早に広間へ向かったのだった。
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