第6話

「陛下!会えて嬉しいわ!」


「!?止まりなさい!!」


「あら?」


 一段落――――したのは束の間。


 ワンスは今回の戦闘は危険なものだと認識していた。

 ソニアナのレベルの低さに苦戦、若しくは全滅の文字が頭に過ぎったワンスだったが、蓋を開けてみれば存外苦労なく《イエティ》の撃破に成功。

 それも二人の魔族この二人のお陰かと思うと、乱入する事で余計に場を混乱させただけだろうか?もしかしたら二人だけでも問題なく切り抜けられたかとも思い、ワンスは頭を掻いた。


 結果的には全員が無事であり、戦闘時間もそれほどかかっていない。だけど、無事に終わったのは魔族二人の力によるところが大きい様に思え、もう少し考えて行動するべきかもしれないと、戒める。


 悩みが増えた事は歓迎できないが、取り敢えずはホッと胸を撫で下ろすワンスの傍らには、未だに理解不能とばかりに眉を寄せるソニアナ。何時でも射れる様に矢をつがえ、二人へと照準を合わせていた。

 そんなソニアナが傍らに居るワンスの元へと不用心に警戒を解いたティアが声を掛けながら近付く。


 その行動を『魔族』イコール『敵』の認識であり、警戒するソニアナが許す筈もなく、抑止の声を上げた。


「んん?何を言ってるの?服装はだいぶ違うし、雰囲気も何か違う気もするけど、貴方、ソニアナでしょ?そんな物騒なもの此方に向けないでよ。危ないでしょ?」


「???」


 自己紹介をした覚えは無い。

 にも関わらず、自分の名前を知り、尚且つ気さくに話し掛けてくる魔族ティアに益々眉を寄せるソニアナ。


 ソニアナからは敵対心と警戒心を。

 逆にティアからは気さくさや親しさを。


 そんな相反すると言える感情がぶつかり合う。


「待て待て。ソニアナ。危険は無い。」


「ワンス様!?どうしてですか!?相手は《魔族》ですよ!?」


「どうしちゃったの?この子。」


 この場を収集しようとするもソニアナの感情はそれ程簡単には氷解することは無い。


 敵であり。

 仇であり。

 そして、愛する者達が住む世界を壊さんとし、国を滅ぼした者達。


 怨敵である《魔族》。


 その怨みは、強い。


「陛下。随分とみすぼらしい格好になっているが――――どうかしたのか?」


「そう言えばそうね?どうしたの?ソニアナも色々と変だし。」


「み、みすぼら!?ワンス様になんて事を!?」


 そこにワンスにとっては渡りに船の問い掛け。この場に居るもう一人の魔族ディアスが声を上げた。その際にソニアナが怒声を上げるがワンスの選択はスルー。


 ディアスが言う『みすぼらしい格好』。

 ソニアナは何かの革で作られた簡素な防具。上から、兜と言うより帽子、鎧と言うよりも胸当てと小手、そしてすね当て。

 ゲーム上では《革の鎧》シリーズと明記された近接戦闘職、若しくは中距離戦闘職が着用可能な一番初期のもの。性能としては当然最弱最底。


 ワンスは王子らしく絹で作られた服を着ているが、所々が解れ、破れていて、《ボロい絹の服》とゲームで明記されたもの。これも所謂『初期装備』である。

 素材以外では見てくれはほぼ一庶民と変わらず、『みすぼらしい』と言われても仕方ないものだった。


「色々と説明する。ソニアナも今はそれで納得してくれ。」


「「ロン」」


「え、えっと・・・・・はい。」


 それぞれの返事に頷き返したワンスは取り敢えず本来の目的を先にこなす。


「ディアス、ティア。

 この辺りで洞窟、若しくは食料を見掛けなかったか?」


 探索はここで打ち切ろうとワンスは考えてはいたが、せめて情報だけはと二人に問いかけ、情報の収集を開始。


「食料は知らないが、洞窟、というよりも穴?窪み?みたいな所なら知っている。」


 答えたディアスは「あっちの方だ」と森の中であるにも関わらず、迷う事無くワンス達が来た道の反対側、平原から見て奥地の方を指差す。


「ほぉ。そこはここから遠いか?」


「いや、普通に歩けば十分程度だろう。」


 流石は日本で作られたゲームの世界。

 時間の言い回しは日本のままである。そこに不思議さを見いだせないままにワンスは話を続ける。


「一度そこまで行こう。その後にゲーティアと合流。」


「ロン」「あら!ゲーティアも居るのね!」


「だ、大丈夫なんですか?」


 応じるディアスを押し退けるようにゲーティアの名前に反応するティア。そして、何も解決していないままである為、不安に不安を重ね続けるソニアナの質問。


「全部後でちゃんと説明するから。」


 三人に言葉を返し、濁す。そうして、ディアスへと視線を送れば何も言わずに彼は頷き、先程指した方向へと足を踏み出した。


「こっちだ。」


 ディアスが先導する中黙々と歩く一行いっこう


 ディアスは道筋を確認しつつも警戒を。

 ティアはディアスが万全の警戒をしている訳では無い事を理解し、そこを補う為に警戒に集中していた。

 各々が喋る事も確認し合うことも無く役割を自覚し、全うしていた。


 その後ろをワンスとソニアナが並んで歩く。


 ワンスは素人丸出しな雑な周囲の警戒を再開させていたが、ソニアナの意識は完全に前方を歩く魔族である二人に集中していた。


『いつ襲ってくるのか』

『案内は本当なのか』

『必ず此方を襲う』


 と、猜疑心いっぱいの瞳二つ。


 そんな視線に当の二人は気が付いていたが、内心首を傾げながらも今は捨て置く。二人が《陛下》と呼ぶワンスから『後で』と言葉を貰っていたからこその判断だった。


 ディアスの言う通り十分の間歩くとそこそこの高さの崖があり、その一部に穴が開いていた。


 穴の大きさとしてはそこそこ大きく、横幅は2m程、高さも同じく2m程ある。奥行はそれほど無く、1mと少しと言った程度。


「十分・・・・かな?」


「何が十分なの?」


 ワンスが漏らした感想にティアが反応し、その感想の意味を問う。いきなり案内した先で何か満足したような言葉。状況を知らないティアは疑問を浮かべて当然であり、それはディアスにとっても同じものだった。


「この洞窟を少しの間仮の拠点にしようと思ってな。」


「え?えぇ!?いや、陛下、お城は??」


「今は無い。その辺も後で出来る限り説明する。先にゲーティアと合流しよう。

 ソニアナ。草原まで行けるか?」


《城》とはディアスとティアがよく知る拠点であり、それが存在するのが極々当たり前の事であった。

 更にその《城》は鉄壁と言っていい程に堅牢であり、『無くなる』など想像も出来ないこと。故に強い疑問を持ったが、ワンスの返答は変わらずの『待て』。仕方無しとスッパリ諦めるディアスと少し頬を膨らませ、不満を体現しているティアを視界から外し、ソニアナへと話を向けた。


「問題ありません。」


 未だに固いままのソニアナの態度と口調に苦笑しながらも、「では、案内を」とワンスは命令を下す。


「二人はここを守っていてくれ。」


「「ロン」」


 今までと変わらぬ返事のディアスと、膨れっ面での返事のティアに背を向け、ソニアナと共にゲーティアとの合流地点へと向かった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「魔族、ですと・・・!!」


 一切のお喋りなしの状態で戻ってきたワンスとソニアナ。到着した平原には何故か先にゲーティアがおり、合流を果たした。


 合流出来たならばこれまでの状況のすり合わせは必須。そこでワンスの口から出てきたのは新たな仲間である魔族二人組。


 当然ゲーティアの反応は驚愕であり、その二人への敵対心であった。


「さっぱり理解出来ませんぞ!?」


「落ち着け。確かにあいつらは魔族だ。

 魔族は俺達が戦う敵だが、あいつらは別だ。」


「どうしてそう『別』と言い切れるのですか?」


 ゲーティアを窘める為にワンスが選んだ言葉。そこに今度はソニアナが疑問をぶつける。


「その辺の説明はあの二人と合流してからにしたい。」


 はぐらかす。訳では無いが、ゲーティアとソニアナの二人からしてみたらはぐらかされている様にしか感じることが出来ず、二人共が不満の声を上げ、様々な疑問をワンスへとぶつける。


 その問答は長々と続き、あと少しすれば日が沈み始めるだろう時間に迫っていた。


「時間が無い。納得してくれ。

 あの二人に関しては俺が保証する。」


「「・・・・。」」


 様々な質問をするがその殆どが『全員同時に説明する』と言う回答で、その他の話だけでは納得出来ずにいた。


「もう時間が無い。流石に夜の暗い中森の中を歩くのは危険だ。かと言ってこの場で夜を明かすのも賛成できん。

 今すぐあの二人が居る所へ向かう。」


 車座で座っていたその場でワンスだけが立ち上がり、命令を下す。


「―――――どうしてしまったのだ。

 ワンス様。ワンス様は本当にワンス様なのか?」


 問い掛ける。と言うよりも自問している様なゲーティアの呟きに場違いにもクスリと笑いを零したワンス。


「その辺も正直に話そう。だが、今は移動だ。。」


 命令。では無く『頼み』。


 そんな物言いをするワンス。それはソニアナとゲーティアの二人の記憶には存在しないものだ。

 だからこそ余計に混乱し、困惑し、疑いたくもないのに、疑う事など不敬な筈なのに、どうしてもその気持ちが拭えない。


 答えは出ない。

 そもそも答えてもらえてない。


 色々な感情がグチャグチャと混ざり合い、だけれど溶け合わず、二人の頭を掻き乱していた。


「ソニアナ。案内を。」


 また、二人がワンスが口を開いた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 一方その頃。


 もう一方で問題の元凶とも言える二人、ティアとディアスは洞穴の入口に、何時でも立てる様にしつつも座り、体を休めていた。


 体は休めているが警戒は怠らない。


 だが、二人の警戒は気もそぞろ。

 凡そ集中の度合いとしては半分程度。その原因は二人共が同じもの。


「・・・・なんか、変だったよね?」


 先に我慢出来ずに口を開いたのはティア。その声に耳だけを傾け、視線は森の中を見るディアスは眉間にシワを寄せた。


「何が起きているのか・・・予想すら出来ん。ソニアナの《装備》も陛下の《衣装》も我らが知るものでは無い。」


「そうね。それに・・・・記憶?って言えばいいのかしら?

 どうやら私達のこともワンス様だけが覚えてるみたい。」


 強烈な敵対心と警戒心を向けて来るソニアナ。彼女の様子は『初めて会った時』と同じもの。懐かしくも苦い思い出だ。


 そんな同じ思い出を二人は思い出し、首を傾げる。


「『覚えていない』と言うのは少し違う気がする。あの感じは・・・本当に、初めて会った様に見えた。」


「・・・・そうね。思わず初対面を思い出しちゃうくらいには同じ様子だったわね。」


 疑問は湧く。湧き上がって来る。

 しかし、それはこの二人がどれだけ話したとしても答えが出る訳もなく。

 結果、晴れぬ気持ちのまま黙る事になった。


 何もしない時間。


 心も頭も『無』であれば何時の間にか過ぎていく時間。だけど、今の二人には『無』になる事等到底出来なかった。


 考えても仕方ないと結論を出したはずのワンスたちの事。

 今自分たちがここに居る理由。

 そして何よりも、警戒を緩めることは許されない。


『何もしない事』に。それは体感時間を恐ろしく引き伸ばす行為であった。悩みがあるのだから、それは余計に。


 そうして二人は恐ろしく長く感じる時間を過ごし、日暮れまでもう幾許いくばくもない頃。森の方から複数の足音と葉擦はずれの音。


 その足音は果たして待ち人なのか、はたまた敵なのか。

 姿が見えていない今、判断がつくはずもない。すぐ様立ち上がり、ディアスは両腰の獲物を抜剣、何時でも動ける様に姿勢を整える。一方のティアはマナを練り上げ詠唱を開始。相手が敵だと判明次第、その時に練れているマナで最も得意であり威力を出せる《フレム》を放つ算段をしていた。


「ディアス!ティア!俺だ!」


 今回は結果としては杞憂。


 相手がワンス一行であると姿が見える前に声で知らせてきた。

 二人は整えた戦闘の準備を散らし、直立にてワンスの姿を出迎えたのだった。

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