第5話
「・・・・では、くれぐれもご注意願いますぞ!何かあれば直ぐに逃げるのですぞ!
ソニアナ嬢!ワンス様を頼んだぞ!」
ゲーティアの激励(?)に頷き、それぞれが一言だけ返事を返すワンスとソニアナ。軽い挨拶だけで
そんな二人が次第に離れて行くもゲーティアは視線を外すこと無く二人の・・・いや、ワンスの背中を心配そうに見つめる。
二人の姿が森の中へと消え、見えなくなって漸く微動だにしなかった体を動かし、自らの向かう方向へと歩き出したゲーティアであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ワンス様。なるべく音を立てないように移動をお願いします。」
「分かった。」
森に入ったワンス、ソニアナ。
普段は少しゆるりと話すソニアナであるが、緊張の為か、それとも警戒しているからなのか、その声は少し固めのものだ。
「注意点があるなら遠慮なく事前に言ってくれ」。そんな注意(?)をソニアナにしており、早速ながら指摘を受け、慎重に動き、ソニアナの少し後ろを歩くワンス。
視線は散漫。
ソニアナを見失わない様になるべく視界に収める事に注意しながらも左右、後ろ、更に上下と視線を彷徨わせる。
ソニアナは後ろにいるワンスのまだまだ聞こえる足音と気配でワンスを確認しつつ、顔は大きく動かさず目だけで辺りをキョロキョロと見渡し、警戒。更にワンスが立てる音以外の音が無いか耳にも神経を集中していた。
森へと入って暫く。
そろそろ一息出来そうな所はないか?ワンスの体調を鑑みてそう思案し始めたソニアナの耳に聞きたくはない類の音が聞こえてきた。
届いてきたのは・・・・
「(音・・・?まるで何かが・・・!?)ワンス様!」
ソニアナはすぐ様足を止め、背後に居るワンスへと振り返ると、小声ながらも強く呼び掛けた。
「ど、どうした?ソニアナ。」
「この先で何かが争っている様です。」
共に小声での会話。聞こえやすく話しやすくする為に息がかかる程に近くに寄るソニアナにドキマギする場違い野郎ワンス。
しかし、勘違い野郎であっても『何かが争っている』と聞けばその表情は真面目なものへと早変わり。
ワンスは森に入ってからこれまで、警戒していたのは視界だけであった。そんな事に今更気が付き、恥じるが、一旦それは脇に置いて辺りの音へ集中する。
耳をすませば確かに聞こえる。何かの吠える声に何かが破裂する音。そして、地面を強く叩いたかの様な音。
自分でも聞こえた音。それを確認すると今後についてどうするかを考え始めた。
「(『争っている』のは人か?さっき居た《ゴブリン》がまだ他に居た?それと誰かが戦っている・・・・。いや、予想は予想でしかない。予想が現実だと確認する方法は一つ。)
ヨシ。見に行ってみよう。」
「し、しかし、危険です!」
危険なのはワンスにも分かっている。
分かってはいるが、そのまま捨て置くのも気掛かりであり、何よりも誰か《仲間》が襲われているかもしれない。
ワンスは一つの可能性を疑っている。
見ず知らずの場所であるこの世界。
されど味方は馴染みあるゲームの登場人物。
更に自分自身でさえゲームのキャラクターとなっている。
ならば、他にも居るのではないか?
そんな予想。
「危険は重々承知している。
隠れながら様子を見て、その状況次第で探索を打ち切る。このまま知らん振りをするにしても―――気になるし、脅威があるなら先に把握したい。」
「た、確かに、そうですが・・・・」
説得を試みるも失敗。
ソニアナは頷かず、渋る。そんなこんなをしている間にも争いの音は続いていて、向こうの状況は進んでいく。
一分一秒でも早く行かなくては!と焦るのは《仲間》が居るかもしれない可能性があるから。しかし、そんな予想をしているのはワンスだけであり、ソニアナは逆に魔物と争っているのは動物だろうと予想していた。
「すまない。今は問答する時間も惜しい。」
はやる気持ちそのままに、ソニアナの身体を躱し、音の発生する方向へと急ぎつつも足音を限りなく少なくする様に移動を開始。
悩んでいて、僅かに意識に隙が出来ていたソニアナ。慌ててワンスを止めるべく手を伸ばすが、その手は空を切り、先へと進ませてしまう。
空ぶる手で体勢が少し崩れるが、直ぐに整え数歩先を進む背中を急ぎ追いかけた。
ソニアナが何とかワンスへと追い付いたが、そこはもう争いが目視できる範囲で、身を屈めるワンスの隣にソニアナも身を屈め、口を開く。
「ワンス様!危険です!」
「確認して、人でなければこのまま戻るから。」
返事をするワンスの視線は音のする方向に固定されている。何とか争う何かを確認しようとするが、中々上手くはいかない。
木々は当然の事視界を遮るし、身を屈めているせいで生い茂った草も視界を邪魔している。
―――――――息を殺しつつ、決して争う何か達に気取られない様に様子を見守っていると・・・
「!?ソニアナ!今すぐ彼らを助ける!!」
「へ!?え!?ちょ!!!わ、ワンス様!?!?」
ワンスは辛うじて木々と草の隙間から争う者達を目撃する事に成功した。
特徴的な耳と特徴的な肌色。
そして、もう一つ特徴的な部分をそれぞれに確認した。
「(マジかよ!?ゲーム的に言えば序盤だぞ!?)」
「ワンス様!」
慌てて動くワンスの動きには最早『音を消す』と言う意識がなく、ならばとそれを追いかけるソニアナも音を気にすること無く動けば、直ぐに追い付く。
息を整える様な間も無く荒らげた声が彼女の耳を打った。
「ソニアナ!弓で援護だ!」
開ける視界。
何者かが争っているその場は僅かではあったが木々が途切れ、草が生い茂っているだけの空間だった。
その空間に飛び込むやいなや《指揮》をするワンス。その言葉に介入は免れない所まで来てしまった事を自覚していたソニアナは素早く反応。
「ハッ!!」
応じる声がその場に響く――――――が
「・・・・は?」
「魔物だ!魔物を狙え!!」
応じるも争っている現場を見て困惑するソニアナに更に《指揮》をするワンスの声に戸惑いと葛藤をしながら矢をつがえ、放った。
「「陛下!?!?」」
「目を逸らすな!」
「「!?ロン!!」」
ワンスを《陛下》と呼ぶ二人組。
そちらに気を取られ視線が相手から離れるも直ぐにそれを《指揮》で修正。それに応じる二人の返事はある種族特有の言葉。
「ティア!フレム最大で詠唱開始!!
ディアス!ティアに近付けさせるな!!」
「「ロン!!」」
「ソニアナは矢で牽制!隙あらば頭を射抜け!!」
「ハッ!!」
ティアとディアスと呼ばれた二人が相手していたのは見掛けは『熊』の様なもの。
しかし、それは地球で見られる熊の体躯よりも更に大きく、全身の毛は金色。その魔物の足元や、周りの地面の所々、更に彼らが居る場の周囲を囲う木々は数箇所が凍りついている。
《イエティ》
地球では語られるだけの伝説上の生物である。
雪山や森の奥深くで多く目撃されたと言われているが、あくまでも伝説上の生物。
しかし、【戦乱魔界】の《イエティ》は、今ワンスたちの目の前に実在している。伝説上のものでは無い脅威だ。
その体躯から生み出されるパワーと氷を生み、操る能力を持ち、プレイヤーを苦しめる。ワンスも散々と苦しめられた中盤後半に現れる魔物である。
「(バカか!?こっちは何も準備出来ていないのに!イエティだぁ!?普通に死ねるんですけど!?!?)」
「死ねる」等とほざきながらもその場に介入したワンス。それはその場に居る二人が理由。
長く尖った耳。
銀の髪と整った顔立ち。
そして・・・・
「(な、何で魔族と共闘する事に!?!?)」
普通の人間としては有り得ない薄紫の肌は魔族の証。
魔族とは魔物を統べる者達であり、ワンスたちにとっては完全に敵対勢力のはず。にも関わらず何故かワンスは共闘を指示。
矢を放つソニアナは当然の如く困惑し、疑問を抱えていた。
「チッ!(やっぱりソニアナのレベルが低すぎる!!勝てるか、これ!?)」
ゲームであればプレイヤー陣営のキャラクターはある程度成長していて、Lv:50くらいになっている時に戦う相手。
そんな敵にまだレベル一桁のソニアナが適うはずも無い。更にソニアナよりも弱いワンスなどただの塵芥である。戦力になれるはずも無い。
そんな状態での戦闘はワンスに焦りと不安を感じさせた。
ディアスと呼ばれる青年魔族は二つの剣を両の手で操り、イエティの剛腕を凌ぐ。その姿にワンスとは違い焦りや不安はない。凌ぐついでにその剛腕や身体を切りつける余裕すらあり、危なげがない。
そんな危なげない戦闘に若干の不思議さをワンスは感じたが、その効果は酷く薄い事に気が付き、思考は戦闘の事へとすぐに戻った。
一方のティアと呼ばれた女性魔族は《指揮》された通りに詠唱を開始しており、今尚詠唱を継続中。その美しい顔の目は閉ざされており、集中しているのが伺える。
ソニアナにとっては初めて見る魔物であり、しかも敵対勢力との共闘。
そんな最中でも必死に放つソニアナの矢。それは無残にも金色の毛に弾かれ、放った矢の全てが地面へと散りばめられている。
だが、傷を負わす事は出来なくとも、イエティにとっては気に触るらしく僅かに気を逸らす事が出来ていた。
「ディアス!防御に専念してもう少し時間稼ぎを頼む!!
ソニアナはそのまま援護射撃!顔を重点的に狙ってくれ!!」
「ロン!!」「ハッ!!」
ソニアナの矢とディアスの剣。
それらで必死に抗うのはただ一つを待つため。
先程のディアスに持った違和感。
それは彼の強さ。
「(俺の事を知っていた風で、しかもイエティと一人で戦える。仕留めることは出来なくても凌いでいるその強さ・・・・『初期状態』じゃない!はず!!)」
「いけるわよ!!」
「よし!退け!ディアス!!」
「ロン!!」
「放て!!」
「《フレム》!!」
【戦乱魔界】に置いて強力な攻撃方。
魔法とも言える『それ』。
対個体でも最大火力を誇り、対複数でもその殲滅力はトップを独走できる程。
他のゲームの様に『ファイヤーボール』など名前がある訳では無い《繰術》は、単純に《フレム》と呼ばれる火や、《アトア》と呼ぶ水を生み出し、それそのものを操り攻撃する術。
他の創作作品では魔力と呼ばれる力の源は《マナ》と呼ばれ、それを消費する事で事象を歪めるのだ。
詠唱とは消費するマナの量を決める行為であり、それと同時にマナを適切に練り上げる行為。
この《詠唱》は何も本当に何かを唱える事ではない。
ティアは集中する事で己が操れる最大のフレムを生み出すべく詠唱を行っているのだ。
その結果が―――――
ワンスの号令とともに人一人など簡単に包み込み、それでも尚有り余る大きさの炎がティアの頭上に生み出された。
それがまるで空飛ぶ蛇の様に、イエティへと幾本も伸び、飛ぶ。
全ての炎がイエティへと群がり、渦を巻き、荒れ狂う。
離れて居て尚も焦がさんとする程の熱量を感じるワンスたちに聞こえるのは辺りを燃やし、爆ぜる音。
それと断末魔。
地響きの様に唸る咆哮は、次第に小さくなり・・・・・・。完全に消えた。
「――――――もう、いいわよ、ね?」
「あぁ。」
燃ゆる音、爆ぜる音さえも燃やし尽くし、ただ炎が風を焼く音だけが響く。そこへもう十分だろうと確認する魔族、ティアの質問にワンスは短く答えた。
ティアは一つ息を深く吐くと何かを払うように右手を動かす。たったそれだけの動作で全ての炎が消え去った。
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