第4話
『小屋を作る』
簡単に、自然に、ゲーム感覚でそう口にしたワンスと、その意見になんの疑いも無く頷いたゲーティアとソニアナの二人。
そんな三人が『小屋を作る』と目的を定めてから早一時間経過し―――――頓挫していた。
「(あ、甘かった!)」
《小屋》の建築には木材が必要なのは当然の事。それはゲームである【戦乱魔界】でも変わらない。
故に木材を用意しなければならないのだが、そんな一番初めの工程で足踏みする事になった。
『木材』とは元は『木』である。
では、『木』を『木材』にするには?
答えは簡単。切り倒せば良い。しかし、そんな道具の持ち合わせは無い。更に言うと木材は直ぐには使えないのだが、そこまではこの三人の誰も気がついていない。
ワンスの命令は絶対である。
そう思う二人。そして、何より不可能とは思えなかった。だからだろう。ゲーティアとソニアナは各々が所持していた剣を握り、それを使って伐採しようとした。
だけど、それではどれだけ時間がかかるか―――――予想も出来なかった。
必死に動くソニアナを見る事だけに集中していたワンスはソニアナが疲れ果て、肩で息をする様になって漸く気がついた。
「(いや、無理だろ)」
っと。
そんなこんなで一旦中断。何か打開策が無いか、あれこれと《ウィンドウ》を弄るも進展はなかった。
言い訳になるだろうが、ゲームである【戦乱魔界】では、初期から何故か斧は存在する。着の身着のまま逃げてきた筈なのに何故?等と突っ込んではいけない。
何故なら"ゲームなのだから"。
そんな不思議な斧は《アイテム》として所持している訳では無い。
《運営フェイズ》中に出来る《コマンド》の一つ《調達》。その《調達》の中のそのまた一つに《木材調達》と言う《コマンド》を選択すれば、あら不思議。
指示されたキャラクターがいつの間にやら斧を携えて《木材》を簡単に調達してくれる。更に乾燥させることも無く使用出来る物凄い《木材》なのだ。
【戦乱魔界】を意識し、《ウィンドウ》まで操作することが出来ている為、無意識に"ゲーム感覚"に引っ張られ、何の疑いも無く《小屋》は作れるとワンスは思っていた。資材の調達に困るとは微塵も考えなかったのだった。
しかし実際には資材を調達する事は極めて困難である。精々集められるのは小枝や小石、草等だけ。到底そんな物で雨風を凌げる何かを作れるとは思えない。
そうして、必死に頭を巡らせるワンスと周りを警戒するソニアナ。
―――――――何故か見当たらないゲーティア。
「仕方ない。探すか。――――――って、あれ?
ソニアナ、ゲーティアは?」
「えぇっとぉ、食料を探しに行きました。」
「え?い、いつの間に・・・・気が付かなかった・・・・。」
正しく言うならば『気が付かなかった』ではなく、単に『覚えてない』だけではある。
キチンとゲーティアは「食料が無い」事と「食料を探しに行く」事は進言してから、その場を離れたのだ。
しかし、考え事をしていたワンスはそれらを聞き流し、返したのは生返事。
ソニアナも、進言を口にしたゲーティアも、その返事が当てに出来ないだろう事はわかっていたが、食料がないのは事実であり、また困るのも事実。
明日からも精力的に動かなければならない状況であるし、周囲を警戒し続ける必要もある。そのどちらも体力が必要であり、体調は少しでも万全にしておきたい。
そして、何よりもワンスを空腹にさせたまま明日を迎えたくない。
そんな懸念と忠誠心を胸に、ソニアナはワンスの警護兼もしもの時の事情説明の為にその場に残り、ゲーティアは一応返事をもらえたので食料探しに出発したのだった。
「そうだったのか・・・・・いや、すまん。」
「いぃえぇ~。ですが、謝られるのは宜しくないですね。私とゲーティア様は《従者》です。そんな者たちに、例え如何なる時、如何なる理由があろうとも、ワイス様が頭を垂れる事はしてはいけませんよ?」
「そ、そう、か?わ、わかった。努力しよう。」
「はい!是非そうしていただきたいです。」
《従者》とは、『忠誠』とは、ただただ付き従うだけではない。道を誤ればそれを正すようにするのもまた彼女らの仕事であり、精一杯の心遣いであり、一種の『愛情』。
そんな『愛情』を肯定するワンスを見て、彼女はそれはそれはキレイな笑みを浮かべた。
「ワンス様!ただいま戻りましたぞ!!」
少しばかりソニアナに見惚れていたワンスの背後からかけられる毎度お馴染みのバカデカイ声。
その声に周囲を全く気にしていなかったワンスは身体を跳ね上げ、慌てて振り返る。ソニアナは普通に当然にゲーティアの存在に気が付いていて、予想通りの声量に綺麗な眉間に皺を作った。
「だぁ・かぁ・らぁ!声が大きいって言ってるじゃないですか!ゲーティア様!!」
「毎度毎度ワシも言うておるぞ!敬称は不要だと!!」
「・・・・君たち毎度毎度やって飽きないの?」
「「だって!!」」
まだ出会って数時間の内に既に何度か見た光景に思わず苦笑と共に漏れでた言葉に声を揃えて二人が反応する。
「ゲーティア様が!」
「ソニアナ嬢がですな!!」
「わかった。わかった。お互いに気を付ければいい話だろう?それでこの話は終わりにしよう。」
「むぅん。ワンス様がそう言うなら・・・」
「わかりましたぞ!」
渋々ながら引き下がるソニアナと僅かにだけ声量を落とし返事するゲーティアたちに満足するように頷き、ワンスはもう一度口を開く。
「ゲーティア。ご苦労さま。首尾は?」
先程のソニアナからの注意と、自分が知る《王子》と言う設定、更に少し前に懸念した自分の身の安全の為に今まで以上に『王子』を演じる。
「ハッ!それほど多くは持って来られませんでしたが、これらがそれなりに実をつけた場所がありましたぞ!」
ゲーティアがワンスの座る目前の草原に一つ一つを丁寧に置いていく。
ゲーティアが裸で抱えた実は全部で3つ。
地球で言うところの『リンゴ』『ミカン』そして『モモ』に酷似した物だった。
ワンスは果実が実る時期など知識はない為不思議には思っていないが、リンゴとミカンは夏の終わり頃から秋の間。そしてモモは春である。
多少は品種によって時期がズレたりするが、ほぼ同時に実が生る筈が無いものであった。
勿論それは地球での話。
この世界には当てはまらないだろう事は一目瞭然である。その現実が目の前にある為、何を言っても、何を考えても無駄な事。
「まぁ!リンゴにミカン、モモじゃないですか!」
「へぇ~、美味そうじゃないか。(そう言えばしばらく果物なんて口にして無いなぁ~。)」
「でしょう!?いやはや、持って来て良かった、良かった!ヌゥワハッハッハッハッ!!」
ゲーティアの大きな笑い声を軽く耳に手を当てて凌ぐワンスとソニアナ。その様子に気が付いたゲーティアは頭を掻きながら頭を下げる。
一応ゲーティアにも自分の声の大きさを気にする意識が芽生え始めた様で何より。
それはさておき。
「食料の発見はお手柄だな。
それでゲーティア。一つ聞きたい。周辺を見て来て『洞窟』など見当たらなかったか?」
「洞窟・・・いえ、覚えはありませんな。」
取り敢えずの急場凌ぎとしてワンスが思い付いたのが『洞窟』。洞窟であれば風を凌ぐのは難しいだろうが、取り敢えず雨は凌げる。
利便性と言う観点で言うなれば決して"良い"とは言えないだろうが、食料問題を多少なりとも解決する事と生活環境を向上させる為の『道具』を用意する事。以上二つの問題点を解決する目的の為に短期間だけ洞窟で過ごすのは悪くないと判断した。
「俺が少し甘かった。《小屋》なら簡単に作れると思い込んでいた・・・。取り敢えず食料と色々な道具、若しくは代用品等が用意出来るまでは無理だと判断した。それらの準備が出来るまでの短期間は仮の更に仮の拠点が必要だと思う。そこで浮かんで来たのが『洞窟』だ。
短期間・・・と言ってもそこそこの間になるだろうが洞窟で過ごす事にしようと思う、が・・・・・」
肝心の洞窟はどこですか?
それは三人が三人とも思った事で、揃って困り顔。仕方なし、溜め息を深く一つ吐き出したワンスは探索の提案を述べた。
「はぁー。仕方ない。この辺りを少し調べよう。今日はそれほど時間もない。何でもいいので食べられる物を確保しつつ、それと同時に洞窟、若しくは最低限雨を凌げる場所が無いか調べよう。」
「「ハッ!」」
素早く敬礼と共に返事を返す二人に頷き、ワンスは更に追加の指示を出す。
「ゲーティアは先程行った方向の森へと向かい果物を確保しつつ探索してくれ。」
「了解しましたぞ!」
「ソニアナは俺と共にゲーティアとは反対の方向の森に入る。そちらでゲーティアと同じく食料の捜索、できれば確保。そして探索だ。」
「了解しました!・・・・ですがぁ、ワンス様も探索するのですか?ゲーティア様にお任せしては?また魔物と遭遇する可能性もありますし・・・・・。」
それはワンスも考えた。
【戦乱魔界】でのプレイヤーは直接剣を手に戦う事は出来ない。そして【吉田一誠】としても戦う力は無い。
もし、また魔物と遭遇すれば完全な足手纏いである。だけど、ゲーティア一人では探索に時間がかかる。そこにソニアナを投入すればワンスは一人で草原に留まる事になる。
とても安全とは言い難い。そして、そんな一人にする様な状況を提案したところで二人の従者はそれを承諾するはずもない。
残された選択肢は二つ。
例え時間がかかったとしてもゲーティア一人に探索を任せ、ソニアナに警護してもらいつつ草原に留まる。
もう一つは、提案した案そのまま。
ゲーティアは探索。ソニアナも探索。ワンスは極力邪魔にならないようにソニアナと共に探索。
何故ゲーティアと共に行かないのか?理由は簡単。
『男より女の子でしょ』。
と言うのは冗談半分本気半分と言ったところ。
戦力としては加算出来ないとワンス本人も理解しているし、ソニアナ、ゲーティアも護るべき人である認識がある為戦力には加算していない。
しかし、そこは頼りなくとも男の子。男であり、歴戦の風格を持つゲーティアよりも、華奢な女の子の方が戦力的に不安を感じた。
その為、ほんの僅かでも、例えただ『囮』にしかなれなくても、少しは戦力の足しになるのではないかと考えた。
しかし、それは素人の浅知恵。
ハッキリ言って戦力外は戦力外でしかなく、足手纏いにしかならないのだが・・・・。
「正直に言いますと、私は反対です。
ワンス様は動かず、指示を下さるだけで十分ですし、何より心配です。」
「ワシが探索するのは全く構いませんが、ワンス様も森に入るのはワシも反対ですな。
ただでさえ御身を守る者が少ない。それなのに自ら危険へと赴くのは・・・・・もう少しご自愛していただきたいですな。」
二人から出たのは当然ながらの反対意見。
困っ様に顔にシワを出すワンスではあるが、二人からの反対意見は自身を心配しているからこその意見。早々強く批判は出来ない。
「二人の意見は理解出来る。(あくまでも俺を『王子』として考えるなら)二人の案に任せるのが良いのかもしれない。だけど、悠長にしている暇もない。いつ雨が降り出すかもわからない。なるべく早く、出来れば今日中に雨を凌げる拠点を手に入れたい。
慎重に行動するのは当たり前として、足手纏いにもならない様に努力する。」
「しかし・・・。」
「んぅ〜〜〜〜。」
説得を試みるも二人からの反応は
だが、その方法には少し躊躇いの気持ちが顔を覗かせる。しかし、そうも言ってられない状況だと、「仕方なし」を自分に言い聞かせ、ワンスは口を開いた。
「ソニアナ、ゲーティア。
これは決定事項だ。提案ではなく《命令》とする!」
「「…ハッ!」」
ほんの僅かに躊躇うも応じる二人に真面目な顔をして頷くワンス。内心では戦々恐々。「嫌われない?」「不快にさせてない?」「見捨てられるかな?」などなど。「大丈夫だろうか?」と心配で心配で、その心は弱音を吐いている。そんな不安に負けない様に強く、固く両の手を握り込んだ。
ソニアナとゲーティアの二人ともワンスの提案、今現在命令へと置き換わったモノのリスクとリターンを考えた。
探索が進み安い分担と言うリターンと、護衛がソニアナ一人になるリスク。それなりに均衡が取れているのは分かった。
では、他の方法では?となると――――
探索を重きに置いて探索はソニアナ、ゲーティアの二人、ワンスはお留守番の案。
この場合はハイリスクの案になる。
逆にワンスの安全を重きに置く場合は、この場から誰も動かないか、三人が固まって動き探索するローリターンの案。
《従者》の二人としてはローリターンでも、良いのではと思わなくもないが、ワンスの言う通り早めに雨を凌げる場所が必要な事は重々理解していた。
そんな悩みどころの案件に一瞬返事が遅れる形となったのだった。
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